宮崎駿インタビュー 教祖にしたがるメディア

赤坂憲雄著「ナウシカ考ー風の谷の黙示録」(岩波書店)のAmazonでのレビューに、「多分に著者の憶測と主張(こじつけ)が混ざった私的な論考だと感じた。作品を理解したければ、宮崎駿のインタビュー本を読んだ方が遥かに良いと思う」との書き込みがありました
確かに書き手である赤坂憲雄独特の思索の展開に違和感を覚える読者もいるのでしょう。が、宮崎駿があちらこちらのインタビューに応じ、自作について語っているものを読んで、作品への理解が深まるとも思えません
いくつかのインタビュー記事を読むと、聞き手の稚拙な質問に宮崎駿が苛立ちながら答えているものがあります。あるいは質問する側が宮崎駿に、「現在の日本を鋭く批判してほしい」との意図が露骨に感じられるものがあったりして、そこには作品への理解の欠片もありません
環境保護派の頭目、あるいは教祖にでも祀りあげたいのか、と思ってしまうほどです
宮崎駿のインタビューはインターネットで読めるものも多数あるわけですが、今回は2008年11月20日、東京・有楽町の日本外国特派員協会に宮崎駿が登場し、講演を行った後の外国人記者との質疑応答からいくつか、引用してみます


悪人を倒せば世界が平和になるという映画は作らない――宮崎駿監督、映画哲学を語る(前編)
(前略)
――先ほどの講演で「子どもたちをナショナリズムから解放したい」とおっしゃいましたが、今後は地域社会に根ざした映画を作るつもりか、グローバルな映画を作るつもりかどちらですか?
宮崎 「世界の問題は多民族にある」という考え方が根幹にあると思っています。ですから少なくとも自分たちは、悪人をやっつければ世界が平和になるという映画は作りません。
「あらゆる問題は自分の内面や自分の属する社会や家族の中にもある」ということをいつも踏まえて映画を作らなければいけないと思っています。
「自分の愛する街や愛する国が世界にとって良くないものになるという可能性をいつも持っているんだ」ということを、私たちはこの前の戦争の結果から学んだのですから、学んだことを忘れてはいけないと思っています。
――宮崎さんの映画には、環境問題について示唆する場面が多く登場しているように思えます。宮崎さんは日本の環境問題の現状について楽観的ですか、悲観的ですか?
宮崎 ものすごく悲観的ですね。その後に楽観的なものが来るだろうと思っていますけど。
(環境問題については)とことんひどくなるまで学ばないだろうと思います。この国は生産するよりも、消費する方が多い国なんです。この国で生産できるものは3200万人までの人口しか養えません。残りの分は、自動車を作ったりアニメーションを作ったりして稼いでるわけなんですね。食料の自給率が低いとか、自分が着ている下着が全部中国製であるとか、そういうことがこの国の不安の根幹にあるんだと私は思っています。
その構造を劇的に変えることは不可能ですから、少しずつ少しずつ変えようとしたら、随分長い年月がかかります。少しずつ変えていっても、現代の文明の終焉までに滑り込みセーフになるのかどうか、私はあまり自信がありません。ただ個人的には、自分と自分の周辺に関しては最大限の努力をしていくつもりです。
――日本の将来は悲観的ということですが、60年前の悲惨な状況から経済大国にまで成長したということを考えると、そんなに悲観的になる必要はないのではないでしょうか?
宮崎 経済の恩恵を得た結果、その次のステップに「どういう風に進むか」ということだと私は思います。次のステップに進む時に、大変多くの知恵と自制心がいるのだと思います。
生産者であることと消費者であることは同時でなくてはいけないのに、私たちの社会はほとんどが消費者だけで占められてしまった。生産者も消費者の気分でいるというのが大きな問題だと思います。
それは自分たちの職場で感じます。人を楽しませるために自分たちの職業で精いっぱい力を尽くすのではなく、それもやるけれど、ほとんどの時間は他人が作ったものを消費することによって楽しもうと思って生きていますね。
それは僕のような年寄りから見ると、非常に不遜なことであるという風に、真面目に作れという風に、力を込めて作れという風に(感じ)、「すべてのものをそこ(作品)に注ぎ込め」と怒り狂っているわけです。だから全体的なモチベーションの低下がこの社会を覆っているんだと思います。
――ウォルト・ディズニーと比較する意見についてどう思われますか?
宮崎 (ウォルト・ディズニーとは)違います。私はプロデューサーではありません。ウォルト・ディズニーは非常にすぐれたプロデューサーでした。それでウォルトナインズ※という非常にすぐれたアーティストたちと仕事をすることができた。彼らの無限な信頼を得ていた人間だと思いますね。
※ウォルトナインズ……ウォルト・ディズニー・スタジオで中心的な役割を果たしていたアニメーター9人のこと。ナイン・オールドメンとも言われる。
ウォルト・ディズニーとウォルトナインズとの関係は、あの時代にしかありえなかったような非常に濃密な幸せな関係だったと思います。私たちは私たちなりに(そうした幸せな関係を)持っていますが、比較することはできません。1930年代にアニメーションを確立したという彼らの誇りと、それを使って商売をやってきたその後の人間たちとではずいぶん違うんだということです。
(以下、略)


宮崎駿は警世家でもなく、預言者や評論家でもありません。1人のクリエイターであり、アニメ屋です
しかし、上記の記事を見れば分かるように、宮崎駿に文明批判を語らせようとしたり、世相を鋭く斬るよう求める記者たちに、自分は大いに疑問を感じますし、「何やってんだ」と思うばかりです
もちろん宮崎駿にしても言いたいことは山ほどあり、質問されれば答えるでしょう
おそらく集まった記者たちの多くは個々の宮崎作品に関心もなく、作品への理解を深めたいという意図もなく、宮崎駿というビッグネームが原子力発電を批判したり、環境破壊の愚かしさを糾弾する方が記事にしやすく、それを望んでいるのでしょう
こんなインタビュー記事を100本読んだところで、作品への理解が深まったりはしません
サービス精神溢れる宮崎駿は記者の求めに応じて語っているものの、アニメーションと関係のない質問ばかりでは内心うんざりしているのではないか、という気がします
「アニメ屋に社会批判を語らせてどうするのか?」と
以前、韓国メディアの記事で「世界で売るためには無国籍のアニメでなければならない」と語る、韓国のアニメ関係者の発言を取り上げたことがあります。売るためなら自国の文化も風習も捨て、毒にも薬にもならないアニメを作って平気でいられる感覚に正直、驚いたものです。金になるならそれで良い、と心底思っているのでしょう
上記の記事の引用部の冒頭に、「グローバルな映画(特定の国や地域を舞台としない映画)を作るつもりか」と質問され、宮崎駿が答えているのですが、これできちんと意図を理解してくれたかどうかちょっと気になります

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