「風立ちぬ」とジェンダー 恋愛観

渡辺真由子は2019年3月、「博士論文に先行研究の成果に関する適切な表示を欠く流用が含まれていた」との理由で慶応大学が博士号の取り消し処分を行っています。不服申立てをしたものの、却下されました
博士号論文を元に出版された「『創作子どもポルノ』と子どもの人権: マンガ・アニメ・ゲームの性表現規制を考える」(勁草書房)は全7章のうち1つの章が他人の著作からの丸写しだと指摘を受け、絶版になっています
そんな渡辺真由子が2013年、宮崎駿の「風立ちぬ」の批評を書いていますので、取り上げます(論文の盗用で博士号を取り消された渡辺真由子を晒す意図はありません)
先日、取り上げた宇野常寛のような強烈さはないものの、女性の視点から観た「風立ちぬ」評として受け止めるべきものがあると考えます


「風立ちぬ」の恋愛描写とジェンダー
https://japan-indepth.jp/?p=391
「風立ちぬ」鑑賞。何じゃこりゃ、という終わり方。病身の妻を手元に置きたい、という自らのエゴに対する主人公の苦悩は描き切れず。妻が「夢を追う夫」の ために自己を犠牲にする姿は「美徳」として描かれている。宮崎アニメの少女作品はジェンダーに偏りがあるが、男性を主人公に据えてもこうなるのか
私が違和感を覚えたのは、二郎と菜穂子の恋愛の描かれ方に見るジェンダーである。
まずは、菜穂子という女性像への違和感。
少女時代は知的で活発で、これまでの宮崎アニメに頻出したようなイキイキした女の子が、大人の女性に成長すると突然弱々しく夫に依存する性格に変わっていることも気になる(病気であることを考慮しても)が、それより注目すべきは、やはりあの場面だろう。
そう、菜穂子が結核による死期を予感して、二郎の元を去る場面である。
「ネコかよ!」と突っ込みたくなる行動である。自分の衰える姿を夫には見せたくない、という思いがあったのだろう。
なぜ、本来最も心の支えであるべき夫に、その姿を見せられないのか。
おそらく菜穂子は、「美しいもの」を偏愛する二郎には自分を受け止められないと「見限った」のではないだろうか。
だが、その心情に二郎への恨みは表現されず、夫に迷惑をかけまいとする慈愛の精神だけが伝わってくる。
そんな菜穂子を、二郎は追いかけもしない。
そしてラストシーン。
ゼロ戦の設計に成功した二郎に、菜穂子が空から「あなた、生きて」と呼びかける。どこまでも甲斐甲斐しい「聖母像」である。
これに対して二郎が答えたのは「ありがとう」。
妻の余命を短くした可能性への謝罪じゃないんですねえ。
どこまでもエゴイスティックな「夢追う男像」である。
もっとも、宮崎駿監督が企画書で述べているように 、この映画はそもそもが「夢追う男の狂気」を描こうとしたもの。
よって、上記のような指摘は織り込み済みかもしれない。
二郎役の声優による超絶な棒読みっぷりも、彼の「非人間性」を浮き立たせる狙いがあったのであれば成功だ。
さすが宮崎監督、客観的に問題提起しているんですね!
……と納得しかけた私の思いを覆したのが結末の一言。
前述のラストシーンで、二郎が菜穂子に「ありがとう」と答えた直後、画面に大きくテロップが入る。
「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて。」
ええっ!?
そこで敬意を表すべき相手は、命を削って夫の夢に尽くした菜穂子ではないのか?
結局、監督にとっても菜穂子の献身など大したことではなかったのね……。
つまりこの映画は、宮崎監督が「男のロマン」に自己陶酔した作品と受け止めざるを得ないのであった。
そういえば、ご自分の作品を見て初めて泣かれたんでしたっけ。


端的に男のエゴを指摘しています。弁解の余地もありません
ただ、二郎にとって菜穂子は恋愛の対象だったわけであり、恋愛の形は映画に描かれたとおり、と言うほかないわけです
現代を生きる女性からすれば、何とも奇妙でいびつな恋愛に映るのでしょう。しかし、あの二郎と菜穂子の恋愛の形が、宮崎駿の中にある恋愛観の反映であり、ああした関係しかないと思い定めて描いたと想像します
もし、ジブリの関係者が「あんな恋愛関係はありえない。おかしい」と苦言を呈したなら、即刻左遷されたに違いありません。「おまえに何がわかるんだ?」と宮崎駿に怒鳴られて
妻である菜穂子の献身は「当たり前」であって、特段声に出して礼を述べるまでもないと宮崎駿は考えていたはずです。あの時代の夫婦ならそうであるはず、と
それをわざわざラストシーンで二郎に「ありがとう」と言わせてるのですから、宮崎駿にすれば大サービスでしょう
昨日取り上げた宇野常寛言うところの「近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の歪んだマッチョイズム」がこれでもか、と描かれているのであり、渡辺真由子のようにジェンダー論の上に立つ女性からすれば、ドン引きするしかないと思います

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