池袋暴走事故 飯塚被告は初公判で無罪主張

全国民を敵に回したと言っても過言ではない飯塚幸三被告の裁判が始まりました
既に伝えられているように、飯塚被告は公判で「車の欠陥による事故であり、過失はなかった」として争う姿勢を示しました
この先の公判で、飯塚被告側は乗用車(プリウス)のブレーキシステムに欠陥があったと立証できるのか、疑問です
いかに飯塚被告が、「運転に過失はなかった」と言い張ろうとも、車に欠陥があったと立証しない限り裁判では通用しないのですから


東京・池袋で2019年4月、近くの主婦、松永真菜さん(当時31歳)と長女莉子ちゃん(同3歳)が乗用車にはねられ死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(89)は8日、東京地裁(下津健司裁判長)で開かれた初公判で起訴内容を否認した。運転の操作ミスとする検察に、被告が争う姿勢を示して審理が始まった。
午前10時、東京地裁104号法廷。飯塚被告は黒色のスーツ姿で車椅子に乗って法廷に現れた。冒頭、「(遺族の)ご心痛を思うと言葉がございません。心からおわび申し上げます」と謝罪したが、起訴内容の認否を問われると「車の何らかの異常で暴走したと思っております」と述べた。弁護側は過失致死傷は成立しないとした。
起訴状によると、飯塚被告は19年4月19日、東京都豊島区の道路で乗用車を運転中、アクセルペダルをブレーキと間違えて踏み続け、時速約60キロから約96キロに加速。
自転車で青信号の横断歩道を渡っていた松永さん母娘をはねて死亡させたほか、通行人ら9人を負傷させたとされる。全治約1年の負傷者もいた。
関係者によると、飯塚被告の車に設置されていたドライブレコーダーの映像などから、車は現場手前のカーブで速度を上げ、縁石に衝突した後、さらに加速し、赤信号の交差点に突入したという。現場の道路の制限速度は時速50キロだった。
飯塚被告は事故で重傷を負ったため入院し、19年5月に退院した。警視庁は逮捕せずに在宅で捜査を続け、19年11月に書類送検。東京地検が20年2月に在宅起訴した。飯塚被告は事故直後に「アクセルが戻らず、ブレーキが利かなかった」と話したとされるが、検察側はブレーキの性能に異常はなかったとみている。
松永さんの夫拓也さん(34)は、被害者参加制度を利用して初公判を傍聴した。今後も傍聴を続け、遺族として法廷で意見を述べ、飯塚被告に直接質問することも予定している。判決期日は決まっていない。
飯塚被告は東大工学部を卒業後、1953年に旧通産省に入省し、89年に退職した。


公判の冒頭で被害者遺族に謝罪しているところからすると、飯塚被告自身、多くの国民から怒りを買っているとの自覚はあるのでしょう
それでも2人の命を奪った事実は受け入れたくないと、裁判で争うつもりでいます
自身の思惑に執着し、現実を受け入れようとしない老人の特徴そのままであると感じます
そもそもこの事故は、飯塚被告が88歳という高齢であるのに車を運転していたがゆえ生じたものです。年金もたっぷりもらい、生活に不自由していない飯塚被告ですから、フランス料理店へ昼飯を食べに行くのならタクシーを利用できたはずです
現時点でもそうした考えはなく、自分は88歳でも安全運転をしており、何も問題はなかったと思い込んでいるのでしょう
注目度の高い裁判ですから、今後の公判についても詳しい報道がされるはずです。裁判の展開に注目しましょう

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「ノルウェイの森」 直子と緑

昨日に続いて、山根由美恵山口大学教育学部准教授の論文を叩き台に、「ノルウェイの森」について書きます。今回は後半部分、直子と緑について触れます

「村上春樹『ノルウェイの森』論ー緑への手記ー」
おわりにー「緑への手記」ー
三十七歳まで「僕」は、「キズキ」の死の時のように、罪悪感に苛まれながらも努めて〈忘却〉することで生を構築しようとしていたと考えられる。しかし、ビートルズの『ノルウェイの森』を聞いたことで、「僕」は「直子」との過去を「起きろ、理解しろ」と問われる。
しかし、「直子」との約束を果たすために文章を書き始めながらも、「僕」は「緑」を本当に愛していたことを告白していた。そして「僕」自身が「直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ」と考えていたにもかかわらず、「直子」は「僕」を愛しており、そのことを告白できずに死へと向かってしまった過程も描かれていた。「直子」の死は罪意識(第一の原罪、「キズキ」の自殺)を乗り越えることが出来ず、自らの愛を告白できなかったものである。同じように原罪(第二の原罪、「直子」の自殺)をかかえた「僕」も「緑」を選ぶことができず孤独な生を生きていると想像される。この手記には自らの愛と罪、「直子」に対する加害性と「緑」への愛を見つめる姿がある。
「ノルウェイの森」は、「僕」が二十歳の時「緑」に説明できなかった「直子」との関係を説明した「緑」へ向けた手記という捉え方ができないだろうか。つまり、「直子」の死の意味を理解した「僕」が、自らの罪を描くことで、自らの過去を全て「緑」にさらけ出し、新しい生を生きようと決意したということである。
これは、加藤典洋氏が述べるような〈内閉からの回復〉という生やさしいものではない。漱石「心」の先生が「私は今自分で自分の心臓を破って、其血をあなたの顔に浴せかけやうとしてゐるのです」と決意し、遺書を書いたように、「ノルウェイの森」は「僕」が自らの罪深い過去を血を流すように全霊を賭けて書いた手記なのである。「僕」は失ってしまった「緑」のために、分岐点になった上野駅に戻り「緑」を呼び続けている。ここには、死への指向ではなく、生へと向かう、つまり愛を選び取った究極のエゴイズムの姿がある。つまり、テクストには「直子」を犠牲にしてまでも「緑」への愛を吐露した「僕」のエゴイズムがあり、その意味で「ノルウェイの森」は「一〇〇%の恋愛小説」(帯の作者の言葉)なのである。


うーん、という感じです。引用はしませんでしたが、山根論文の中に先行する研究として、「直子」か「緑」かという研究がいくつもあるのだとか。つまり、「ノルウェイの森」のヒロインは「直子」なのか、「緑」なのかという問いであり、ワタナベが本当に愛したのは「直子」なのか、「緑」なのかをあれこれ議論しているわけです
ワタナベは「直子」に最初から惚れていたのであり、ただ親友の「キズキ」に遠慮して距離を置くようにしていただけです。さすがに「キズキ」の自殺の後に「直子」を口説くわけにはいかず、それでも「直子」と恋人同士になりたいと思い、腰が引けた態度で接します
そこに「緑」が割って入り込むのですが、男子学生の本音としては「直子」も「緑」もどちらもキープしておきたい、と考えるのではないでしょうか?
どちらか一方を愛し、他方は分かれるべきだという倫理観をもって男子学生が行動するとは限りません
なので、「直子」か「緑」か、という議論はまったく無駄であるように自分は感じます
加えて、先日書いたように「僕」が「緑」に入れ込んでしまったがため「直子」が自殺したという解釈に、自分は賛成できません
小説の展開としては「直子」が自殺してしまいますから、ワタナベが残された「緑」にすがりつくのは自然な成り行きでしょう
この時点で、ワタナベが本当に「緑」を愛しているのかどうか?
「緑」を愛していると表現するよりは、「緑」にすがるしかなかったというのが真相ではないでしょうか?
しょうもない成り行き任せの展開に映りますが、それでも当人たちにとっては「純愛」なのかもしれません
で、ワタナベが単身ドイツへ向かう飛行機に登場して…との小説冒頭のシーンに立ち返ると、「緑」とも別れて暮らしているようですから、「直子」も「緑」も過去の女であり、若気の至りを反芻しつつ手記を書いている風にも受け取れます(そうだ、とは言いませんが)
なので、末文のような「テクストには『直子』を犠牲にしてまでも『緑』への愛を吐露した『僕』のエゴイズムがあり…」という解釈に結びつくようには思えないのです
「直子」と「緑」の間で揺れ動き、振り回された学生時代の、悔悟を交えた回想という位置づけるのが、自分の解釈です(それでも繰り返し読む価値のある名作だと思っています)

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「ノルウェイの森」 直子の自死について

「ノルウェイの森」を読んだのは職場から離れ、半年ほど東京に滞在していたときでした。欅の並木が色づき、秋の気配が濃くなる中、「ノルウェイの森」をひたすら読んでいた、と記憶しています
そんな回顧に浸り、過去を懐かしんで…というつもりでもないのですが、「ノルウェイの森」について、まだまだ話したいことが多くありますので取り上げます
今回は山根由美恵山口大学教育学部准教授の「村上春樹『ノルウェイの森』論ー緑への手記ー」を叩き台に話を進めます
山根准教授は村上春樹を専門とする研究者で、随分と多くの論文を書いています。いずれは他の論文も当ブログで取り上げるつもりです
主題は記事のタイトルにも示したように、直子はいつから病んでいたのか、です

「村上春樹『ノルウェイの森』論ー緑への手記ー」
(前略)
二 連鎖する死の構図ー直子の愛と罪ー
先ず、第一の原罪、すなわち「キズキ」を死に至らしめた(と感じている)「直子」が自殺していく「過程」を、「僕」との関係に絡めながら検討する。
先行研究では「ノルウェイの森」の「恋愛小説」性に関して様々な論考があるが、「僕」と「直子」との関係に恋愛要素は薄いと考えられているようである。黒古一夫氏は「『僕』と『直子』の関係に〈愛〉はあるか。ここにあるのは〈優しさ〉だけではないのか」と述べ、加藤典洋氏は「直子」を「僕の分身」と捉え、「僕」と「緑」の物語に分身「直子」が重ねられた「内的世界からの回想を描く物語」と位置づけている。
更に竹田青嗣氏、吉田春生氏は、「ノルウェイの森」は「恋愛小説」ではなく、「自閉」した「直子」と「僕」とのすれ違いに重点が置かれた、村上春樹作品にこれまで描かれてきた自意識の物語であると位置づける。また、三枝和子氏も近代小説と比較しながら、「ノルウェイの森」は「恋愛小説」ではなく、「夫婦の心境小説」と位置づけている。
「直子」は、恋愛対象ではなく、精神を病んだ人間としての側面が強調されてきた。しかし、その苦しみの原因は「直子」と「僕」と「キズキ」という三人の関係性にあることは間違いない。
(以下、高校時代「キズキ」は直子との性交を求めたものの、「直子」の体は「キズキ」を拒んだこと。「キズキ」の自殺を「直子」は自分が彼を拒んだせいだ、と思いつめていること、の説明)
しかし、「直子」はその罪意識を越えて、「僕」のことをかけがえのない男性であると感じていた。「直子」は精神面(心)も「僕」を愛していたと考えられるのである。
加藤弘一氏は次のように述べている。

人生の旅半ばの年齢で回顧するという趣向によって盲点化されているが、ワタナベの加害性は覆いようもない。彼は緑とのデートを逐一、直子に書き送っている。彼を信じようと努力し、彼への信頼を手がかりとして世界との基本的な関係を再建しようとしている彼女にとって、これがどんなに致命的なことが。ワタナベの二回目の訪問の後、快方に向かったかに見えた症状が俄に憎悪するのは偶然ではない。この時期の訪問がひどくそっけない書き方しかなされていないことも、単に繰り返しを避けたというような問題ではあるまい。あのそっけない書き方は、ワタナベの心がすでに緑にむかっており、直子は視野の外に追いやられていたということを裏側から示している。心の病によってただでさえ被害的になっている直子がこの変化に気がつかないはずはない。事実、緑との関係が深まるに比例して、直子はどんどん追いつめられ、決定的な事態に進んでしまうのである。


この加藤弘一の見解(緑との関係が直子を追い詰め、自殺に至らしめる)に筆者も同意しているわけですが、自分には違和感ありありです
まずもって直子が精神に異常をきたし始めたのは「キズキ」の自殺の影響ではなく、それ以前から彼女の心は壊れ始めていたと自分は受け止めています。もちろん、ワタナベが緑と恋愛関係を深めたので直子が自殺した、などという短絡的な見方にも賛成できません
直子の病気が何であるか、作品中では言及されていないのですが、強いて憶測すれば統合失調症を村上春樹は想定したのでしょう
ですから、直子が失恋して自殺した、などと決めつけるのはあまりに読みが浅いのでは?
おそらく加藤弘一も筆者も、統合失調症の患者と直接接した経験はなく、彼ら彼女らの言動を見聞きした経験もないと思われます
以前、統合失調症の発病は青年期であり、「青年病」と言われた時代がありました。つまり中学生や高校生に統合失調症はありえず、大学生になってから発病するとの考えです
しかし、現在では中学生でも統合失調症の発病はあると、認識が変化しています
「キズキ」もワタナベと同じく、直子の示す不可解な言動(それは統合失調症の先駆的な症状)に振り回されたのではないか、と推測します
ではあっても、恋人がヤンデレだったから「キズキ」が自殺するとは思えないのであり、「キズキ」には別の、自殺を選ぶだけの事情があったと想像します
村上春樹がどのように構想し、想定して「ノルウェイの森」を書いたのか、本人のみぞ知るところですが、自分には「キズキ」が自殺したのは単に直子と性交ができなかったから、などという馬鹿げた理由であるとは思えません
多分、「キズキ」もまた病んでいたのではないでしょうか?
ただ、ワタナベは「キズキ」の自殺する理由も分からず、直子の変調にも気がつかなかった、と
それでもワタナベは直子の自殺について、ワタナベ自身の責任であると感じているのは確かです
ワタナベは自殺してしまった「キズキ」に「直子はオレが守るから」と約束し、直子を守るためだと自分を偽り彼女とつきあいます。もちろん、ワタナベは高校生の頃から直子に惚れていたのであり、ただ「キズキ」の手前その感情を押し殺していたのでしょう
ワタナベはどうにかして直子と恋人同士の関係を築くべく奮闘しますが、直子を守れず、自殺されてしまいます
うがった見方をするなら、直子は自殺することでワタナベに深い傷跡を残し、忘れられないようにしたとも解釈できるわけです。しかし、病んでいた直子にそのような考え方はできるはずもないのであり、直子の自殺は幻聴や幻覚に苛まれた結果ではないか、と考えます
直子は具体的に何に苦しみ、何を悩み、何に苛まれていたのか語らないまま、自殺しているのであり(断片的には語っていますが)、ワタナベは直子の自殺の原因が理解できないものの、自分のせいだという自責の念に苦しむわけです
以上、簡単ですが自分の読み方を書きました

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日本薬科大女子学生殺人 広瀬被告の初公判

昨年1月末、女子大生を自宅アパートまで招き入れた上に殺害し、遺体を空き地に埋めたとして広瀬晃一被告が逮捕されたのですが、その後は続報もなく(単に自分が見落としていた可能性もありますが)、ブログで取り上げないままでした
殺人及び死体遺棄容疑で起訴された広瀬被告の初公判を報じる記事がありましたので、取り上げます
そもそもこの事件は、被害者である菊池捺未さんが何のために茨城県神栖市の広瀬被告の許を訪ねていったのか、はっきりしません
検索して調べると、2019年2月の週刊新潮が記事を掲載しています。目撃者もいない事件ですから、週刊新潮は捜査関係者から情報を得て記事にしたものと思われます。2人が接触した経緯を以下のよう書いています


「菊池さんは廣瀬から事前に、会うことの対価として一定金額の提示を受けていたようです。彼女はお金を受けとれると見込んで、片道の交通費しか持たずに神栖まできた」(同)
ところが“約束”通り部屋で2人きりですごしたにもかかわらず、お金は受けとれなかったうえ、体よく畑でクルマから降ろされてしまった。アパートへ戻ったのは、その“抗議”のためだったとされる。
「結局、お金を払わなかったのか、金額が少なかったかでもめた。怒った菊池さんが、(廣瀬の)写真を撮って“SNSで拡散してやる”と言って騒ぎはじめ……」(同)
そして悲劇は起こった。廣瀬容疑者が菊池さんに提示していた金額は、十数万円だったとも、あるいは30万円だったともいわれる。
(デイリー新潮の記事から引用)


ゲーム関係のサイトで知り合い、広瀬被告が菊池さんに「会ってくれたら30万円支払う」などと申し向けて誘い出したものと推測されます。広瀬被告は以前、携帯電話のサイトで知り合った千葉県内の女子中学生を誘い出し、みだらな行為をしたとして罰金刑を受けており、同じ手口を踏襲したと考えられます
しかし、広瀬被告が金を払おうとはしなかったため(金に困って会社からも前借りしていた広瀬被告です。最初から払う気はなかったのでしょう)、菊池さんは携帯で顔写真を撮影し「ネットに晒す」と申し向けたため、広瀬被告は菊池さんの顔面を押さえつけ窒息死させた、というのが事件のあらましのようです(週刊誌の記事等に書かれたものからの推測です。初公判の様子を報じた記事に、そこまでは書かれていません)


日本薬科大1年の女子学生=当時(18)=を殺害して遺体を茨城県神栖市の土中に埋めたとして、殺人と死体遺棄の罪に問われた無職広瀬晃一被告(37)の裁判員裁判の初公判が6日、東京地裁(野原俊郎裁判長)であり、被告は「殺意を持って、というところだけが違う」と述べ、起訴内容を一部否認した。
弁護側は殺人罪は成立せず、傷害致死罪にとどまるとした。
検察側は冒頭陳述で、広瀬被告は2018年11月、無料通話アプリで知り合った学生を神栖市の自宅に連れていった後、金の支払いをめぐってトラブルになったと指摘。「被告は別の事件で執行猶予中だった。トラブルの発覚を恐れ、殺意を持って学生の鼻と口をふさいだ」と主張した。
弁護側は冒頭陳述で、「殺意はなかった。学生に撮影された顔写真を消去しようとしたところ抵抗され、気付くと動かなくなっていた」と述べた。
起訴状によると、広瀬被告は18年11月20~21日、茨城県鹿嶋市や隣接する神栖市などに停車した自動車内で学生を殺害。遺体を神栖市内の刈草置き場の土中に埋めたとされる。
(時事通信の記事から引用)


広瀬被告は幼い時に父親を亡くし、母子家庭で育ったようです。他方、菊池さんも親が離婚して父子家庭で育ったのだとか
なので、菊池さんの側にもお金を必要とする事情があったのかもしれません
さて、裁判の方では広瀬被告側が「殺害はしたが殺意はなかった。過失致死だ」と主張しています
ただし、過失致死であると立証するのは困難です。遺体を埋めて隠したのは菊池さん殺害を隠蔽するためであり、そこには殺意があったからではないか、との推測が成り立つからです
殺害した直後、自首していれば、「誤って殺害してしまった。殺意はなかった」との弁明も通用する余地があるのでしょうが
追記:東京地裁は広瀬被告に懲役14年の判決を言い渡しています。求刑は懲役20年でした。「被害者の鼻や口をふさぎ、力を込めて5~6分間押さえ続けた」被告の行為には殺意があったと認める判斷を示しています

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ディズニー映画「ムーラン」の評判は

あのドナルド・トランプ大統領をして、アメリカの映画業界が中国と結びつきを強めているのはけしからん、と批判するほど、昨今のハリウッドは中国べったりです
中国は国内産映画を振興するため、外国映画の上映本数を厳しく制限しています。ただし、中国資本が資金を出したアメリカ映画は例外扱いされ、中国国内で大々的に上映できるとあって、ハリウッドの映画会社は中国から資金提供を受け、中国人俳優を起用するなどしているわけです
ニューズウィークがディズニー映画「ムーラン」は中国市場で大当たりを狙ったもののコケてしまった、という記事を配信しています
しかし、Wikipediaを見ると、ディズニーが巨額の収入を手にしたと書かれており、判断に迷います。どうなのでしょうか?


中国でも世界でも評判は散々......映画『ムーラン』はなぜコケた?
中国でムーランを知らない人はいない。読み人知らずの漢詩「木蘭辞」に由来するムーランは、現代でも国語教材として子供たちに暗記させているからだ。
中国人のムーランに対するイメージは「孝」だ。体が弱い父親の代わりに男の姿をして戦場に行き、故郷に凱旋した時は朝廷の俸禄を断って、娘の姿に戻り昔のままに生きていく。ムーランの伝説には古代中国の伝統的な美意識が宿っている。
ディズニーが実写版の映画『ムーラン』に2億ドルを投じた理由は言わずとも分かる。中国人にとって千年不朽の伝説であり、中国市場での大儲けが期待できる。しかしその狙いは外れ、9月4日からディズニーの会員向け動画配信サービスで公開したところ、中国でも世界でも評判は散々だ。ムーランを演じた女優・劉亦菲(リウ・イーフェイ)が香港デモで「警察を支持する」と表明したこと、エンドロールで新疆ウイグル自治区の地方当局や公安機関へ「特別感謝」したことが国際的な反発を買った。
中国国内では9月11日から劇場公開したが、ムーランを伝統的な親孝行者ではなく、愛国戦士へと変身させたことが中国政府にこびる行為だと、自由派に嫌悪感を抱かれた。愛国調で有名な環球時報からも芸術レベルが低く、中国の物語を正しく表現していない上に欧米人が勝手に思う中国の伝統要素を集めただけ、と批判された。
一般の観客も失望した。戦場帰りのムーランがなぜ、まるでピエロのような化粧をしたのか。映画の中に出てきた中国人男性はなぜ緑色の帽子をかぶっていたのか(中国で男性に緑の帽子をかぶせることは、妻の浮気を意味する)。中国人の美意識に全く合っていないこのムーランは、中国最大手の映画情報サイト豆瓣で10点満点中、4.9点しか集められていない。
主演女優の劉だけは中国外務省に褒められた。香港警察支持を公言したためである。スポークスパーソンは「彼女は現代のムーランだ。真の中国人民の優れた娘だ」と言った。
これに対する中国人ネットユーザーの面白い投稿がある。
「真の中国人民の優れた娘だって? 何かの間違いだろう。彼女はアメリカ国籍だよ!」。中美脱鉤(米中デカップリング)の悲喜劇だ。
(ニューズウィークの記事から引用)


中国での公開は、作品へのさまざまな批判により目論見通りにはいかなかったようです
脚本はハリウッドでそれと知られた脚本家が手掛けているものの、中国の歴史や文化に造詣が深いわけでもなく、中国風の装束や舞台を用いた無国籍映画になってしまっており、中国で酷評されるのも当然でしょう
しかし、アメリカや日本では映画館での公開を見送り、Disney+での配信に切り替えたのがかえって幸いしたとWikipediaに書かれています。コロナウィルスの影響でステイホームを強いられた人たちにとって、動画配信サービスは何よりの息抜きだったのかもしれません。アメリカでは2億6000万ドル(約272億円)の収入なのだとか

『ムーラン』日本版最新予告編


中国映画といえばワイヤーアクションです。ディズニーの制作ですからどうだろうと思ったら、やっぱりワイヤーアクション山盛りでした
自分には剣を構えてビヨーンと飛んでいく姿が、とんでもなく間抜けに見えるのですが、映画関係者はワイヤーアクションをなぜか好むようです。ワイヤーアクションなどに頼らず、殺陣をもっと工夫すればよいのに、残念ながらそうした発想はないようです
You Tubeのコメント欄には、映画のロケ地が新疆ウイグル自治区であることを指摘し、「中国によるウイグル人迫害を許すな」というメッセージや、「絶対見ない」と拒絶する意見がいくつも書き込まれています
ただし、残念なことに日米とも「ディズニーの映画だから、家族で安心して見ていられる」と受け止めている人が多いのでしょうし、中国政府によるウイグル人弾圧などまったく関心がないのが現実なのかもしれません

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前橋女子高生死亡事故 控訴審で有罪を認める方針に

2018年1月、新学期の始業式のため登校途中だった女子高生2人が車にはねられ、1人が死亡、もう1人が重傷を負う事故がありました。運転していた老人は物損事故を繰り返すなどして、家族から車の運転をやめるよう強く諌められていたのですが、家族の目を盗んで車に乗り走り出していました
その後、前橋地方裁判所では判事のとんでもない判断による無罪判決が示され、多くの人が不審感を抱き、怒りを覚えたところです
ところが控訴審で、被告側は自ら有罪を認める方針であると報じられています。「被害者に申し訳ない」という被告の家族の意向が強く反映しているのだと読売新聞が記事にしています


「被害者に申し訳ない」家族意向受け、88歳被告が有罪主張へ…1審無罪の高校生死傷事故
高校生2人を乗用車ではねて死傷させたとして自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)に問われ、1審・前橋地裁判決で無罪とされた被告が、6日から東京高裁で始まる控訴審では一転、有罪を主張する方針だ。「被害者に申し訳ない」と訴える家族の意向に被告が同意し、罪を認めるという。異例の展開に、高裁の判断が注目される。
前橋市の無職川端清勝被告(88)は2018年1月9日、同市内の県道で、自転車で登校中の女子高校生2人を乗用車ではね、1年生の太田さくらさん(当時16歳)を死亡させ、もう1人にも重傷を負わせた。
今年3月の地裁判決は、被告が持病の薬の副作用で意識障害を起こしていた可能性があり、事故は予見できず、運転を控える義務はなかったとして、被告側の主張を認めて無罪(求刑・禁錮4年6月)とした。検察は控訴した。
以前にも物損事故を起こした被告に、運転をやめるよう再三説得していたという被告の家族は取材に対し、「家族として責任を痛感し、無罪を受け止められない」と述べた。判決や被告を批判するインターネット上の中傷も「つらかった」と語った。
控訴審で選ばれた新たな弁護人は、家族の話や裁判記録を踏まえ、被告が目まいの症状で病院を受診していたことなどから事故を予見できたとして、検察側の主張を全面的に認める方針だ。現在は福祉施設で暮らす被告も、「運転を控えるべきだった」と納得しているという。
被告の家族が有罪を求めることについて、交通犯罪に詳しい東京都立大の星周一郎教授(刑法)は、「最近みられる高齢ドライバーによる事故の極端な一例で、被告家族の苦悩が伝わる。ただ、被告家族の処罰感情が裁判に影響することはない」と語る。「関東交通犯罪遺族の会」顧問の高橋正人弁護士は、被告家族の主張に理解を示しながら、「公判に直接的な影響はなく、裁判官は証拠から予見可能性を客観的に判断することになる」と指摘する。
太田さんの両親は代理人を通して談話を公表し、「私たちが望むのは、被告が責任に正面から向き合い、罪を償ってくれることです」とした。その上で、「『運転すべきでない人が運転した』ことが、問題であることを明らかにする判断をしていただきたい」と求めた。
(読売新聞の記事から引用)


前橋地裁のとんでもない判決については、以前の記事「前橋女子高生死亡事故 無罪判決で怒声飛び交う」で紹介していますので、関心のある方はそちらも読んでください
控訴審でもう少しまともな判断が下されるのを期待します
死亡事故なので、民事としては保険会社から被害者遺族に保険金が支払われているとは思いますが、それで遺族が納得できるものではありません
記事では有識者が、川端被告の家族の気持ちがどうあれ判決に反映されるものではないとした上で、証拠と法に基づいて判決が下されると当たり前の話をしています。が、当事者である川端家の人間にすれば針の筵に座らされた気持ちでしょう
この記事を池袋で母子を轢き殺した飯塚幸三に100万回くらい読んで聞かせてやりたいものです

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中国メディア「世界は中国支持に傾斜している」

中国メディアによる気色悪いほどの自画自賛記事は毎日配信されていますが、ことさら取り上げる気にもなりません
しかし、現下の情勢を考えると(米中の対立、トランプ大統領がコロナウィルスに感染して入院、中国の孤立化)、少しは気にかけておこうか、と思い取り上げます
コロナウィルスの感染拡大に伴い、中国はアフリカ諸国に医師団を派遣したり、マスクや検査薬を贈るなど、あの手この手の人気取り政策を行っています
が、贈られたマスクに欠陥が見つかったり、PCR検査の試薬の品質がダメダメだったりと、かえって評判を落とす結果になっていたりします。さらにアメリカを中心に先進国の間で中国包囲網ができつつあり、中国が苦しい立場に追い込まれているのも現実でしょう
そうした状況を意に介する様子もなく、今月2日の中国メディアは医療研究者の発言という体裁で、「世界の国々が中国支持に傾斜している」との記事を掲げています


2020年10月2日、観察者網は、中国の専門家が新型コロナウイルスを契機に「世界は急速に中国に傾斜している」との見方を示したと報じた。
記事は、復旦大学中国研究院の張維為(ジャン・ウエイウエイ)院長が国慶節に際してこの1年を振り返り、今後の中国の発展について展望した際に、新型コロナウイルスが14世紀に欧州で流行したペスト同様「人類の歴史を大きく変える伝染病」になるとし、「世界はより速いペースで東洋に、中国に、そして社会主義に傾斜していくと予測している」と述べたことを紹介した。
張氏はまた、新型コロナによって多くの人が、中国指導部の掲げる「人類運命共同体」を一層認識するに至ったとした上で、「米国はこの人類運命共同体の概念をどこか一部でも受け入れられていたならば、感染状況は今よりもはるかに良かったに違いない」と主張。「彼らが中国に責任転嫁することを選ばず、中国に助けを求めていれば、WHO(世界保健機関)から出ていくことを選ばず、WHOの意見を聞いていれば状況はずっと良かったはずだ」と語っている。
そして、今の世界は平和、発展、団結を求めるという大きな潮流の中にあり、向かう先はまさに「人類運命共同体」であると説明。その中で米国はかつての冷戦構造をなおも信奉し、独善的に物事を捉え、国際協力を拒否したことによって、自らが世界的な新型コロナ禍の中心になってしまい、多くの米国人が「わが国は新型コロナによって国際社会の捨て子になってしまった」と嘆いているのだと論じた。
(レコードチャイナの記事から引用)


いったいどこを見て、「世界が中国支持に傾いている」などと言えるのやら
ちなみに記事にあるところの、アメリカの国民が「「わが国は新型コロナによって国際社会の捨て子になってしまった」と嘆いている云々は中国メディアによる下手な作り話です
アメリカ国民の4割はいまだにトランプ大統領を支持しており、中国を敵だと思っています。コロナウィルスの蔓延下であっても、「マスクをつけない自由」を求めて抗議活動をしている人たちもいて、彼ら彼女らは自分たちが「国際社会の捨て子になった」などとは微塵も考えていません
アメリカ人の多くは世界の動向など気にせず、自身の権利を主張します
さらに国際協調という意識も低く、独立独歩の傾向が強いのも特徴です
なので中国メディアが必死になってアメリカを中傷する記事を書いたとしても、多くのアメリカ人は中国発のニュースなど読みもしないのであり、気にもかけないというのが現実です
もちろん、トランプ大統領の無策がアメリカでのコロナウィルス蔓延を招いたのは事実であり、結果、20万人もの死者を出しているわけです
それでもトランプ退陣を求めるデモが全米で繰り広げられたりはせず、アメリカ国民の関心は黒人射殺への抗議だったりします
ですから、習近平国家主席がどれだけ美辞麗句を並べた演説をしようと、中国に敬意を払うアメリカ人はほとんどいないのです
そして、国際社会において中国の地位が向上していると認めるアメリカ人もほとんどいないのでしょう

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常磐道あおり運転 宮崎被告に執行猶予付き有罪判決

社会問題となった自動車のあおり運転で、その元祖とも言うべき事件が宮崎文夫被告による常磐道や東名高速で起こした3件の妨害運転事件です
水戸地方裁判所は宮崎文夫被告に対し、懲役2年6月で執行猶予4年の有罪判決を言い渡しています
一連のあおり運転事件を象徴する宮崎被告ですから、ここは執行猶予なしの有罪判決を下し、刑務所に収監するのが相当ではないかと思うのですが


茨城県守谷市の常磐自動車道で昨年8月に起きたあおり運転殴打事件などで、強要と傷害の罪に問われた会社役員、宮崎文夫被告(44)に水戸地裁(結城剛行裁判長)は2日、懲役2年6月、執行猶予4年(求刑懲役3年8月)の判決を言い渡した。
法律上の明確な定義がなかったあおり運転を「妨害運転」と規定し厳罰化した改正道交法の施行前の事件で、水戸地検土浦支部は全国初とみられる強要罪で起訴した。
宮崎被告のあおり運転の様子が写ったドライブレコーダーの映像は社会に衝撃を与えた。検察側は「一般予防の見地からも厳しい態度をもって臨むべきだ」と主張した。
弁護側は起訴内容を認めた上で、宮崎被告のみに強要罪を適用するのは法の下の平等の原則に照らしても問題と指摘し、執行猶予付き判決を求めていた。
起訴状によると、昨年8月10日、常磐道で20代男性の車に幅寄せや割り込みを繰り返し停車させた上、男性の顔を殴って軽傷を負わせたとしている。
(産経新聞の記事から引用)


上記の記事だけでは、裁判の中身が掴み辛いので、別の報道も参考にします
毎日新聞では、「結城裁判長は起訴された3件のあおり運転について『危険極まりなく、やられたらやり返そうという動機は自己中心的で身勝手だ』と批判。常磐道での暴行についても『(暴行中に)被害者は後続車両に追突される危険があっても、回避できる状態ではなかった』と述べた。
量刑について結城裁判長は、被告が被害者らに弁償するなどしていることを重視し、同種事件の量刑傾向を踏まえた上で『社会的影響を加味して実刑に処すことは、公平性を逸脱しかねない』と説明した。また、被告の人格の偏りが事件に影響したと指摘し、その是正のためには保護観察に付すことが相当とした」と報じています
マンション経営で資産がある宮崎被告ですから、被害者に対して相応の慰謝料を支払って罪を「宥恕」すると一筆、取り付けたのでしょう
被害者1人につき、100万円を超える額を提示したのでは?
もちろん、被害者がそれで納得したのであれば、外野がとやかく口出しするのは控えるべきでしょう
また、宮崎被告の事件後にあおり運転を罰するよう法改正されているため、法改正よりも前の犯行を重く罰するのは「法の下の平等」という大原則に反します
なので、執行猶予付き判決はやむを得ないのかと
裁判の前に、ある週刊誌に「宮崎被告は精神科への通院歴があり、有罪判決を下すのは難しい」という趣旨の記事が掲載されました
ですが、判決では宮崎被告を心神耗弱であるとは認めず、有罪の判断を下しています
執行猶予付き判決で収監を免れたのですから、宮崎被告も控訴はしないと思われます

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「海辺のカフカ」 自己愛の行方

甲南大学紀要143巻(2006年)に掲載された田中雅史教授の論文「内部と外部を重ねる選択 : 村上春樹『海辺のカフカ』に見られる自己愛的イメージと退行的倫理」を叩き台にして、「海辺のカフカ」の主人公である少年の自己愛について考えます
単に自己愛と書くと、漠然とした概念であり、あれもこれも自己愛、となりかねません
例えば昨日取り上げた、妻の連れ子の小学生を殺した長島悠介被告も自己愛が傷ついた人間であり、それゆえ小学生のこどもを絞殺する暴挙に走ったと表現することもできます。自分の妻に向かって、息子とオレとどっちが大事なのか、と問い糾すような人物をイメージしてください。ただし、こうした表現がまかり通るなら多くの殺人犯が「自己愛の傷ついた人間」になってしまいます
もちろん、ここで紹介する論文はそんな表面的な自己愛を論じているわけではなく、ハインツ・コフートの自己心理学(フロイトの精神分析から派生した学派)をかなり厳格に用いて論じようとしています

内部と外部を重ねる選択 : 村上春樹『海辺のカフカ』に見られる自己愛的イメージと退行的倫理

論文は注も含めると50ページもあり、PDFファイルで読むのはいろいろと難しいのでプリンターで印刷し、付箋をベタベタ貼り付けながら読みました
感想としてはボタンをかけちがえたシャツを着た感覚、というところでしょうか
自分はラカンの精神分析学を中心に学んでいるので、どうしても無意識の働きに関心が向いてしまいます。対してこの論文はコフートの自己心理学による読みなので、カフカ少年の抑圧と理想化転移、あるいはその挫折が中心に語られます
顕著な例を挙げると、カフカ少年と甲村記念図書館の佐伯さん(仮想としてカフカ少年の母親)の関係を巡る読みにそれが現れます
引用部分のページ数については紀要のページ数表記を用いています

(36ページから37ページ)
さて、本論では心理的な歪みに注目して論じていくのだが、はじめに述べたように母親からの分離という前エディプス段階の問題として、この物語を考えていこうと思っている。精神分析的な観点から村上春樹を論じたものとして、フロイト、ユング、ラカンなどを参照している小林正明氏の「塔と海の彼方にー村上春樹論ー」が木股氏の『集成』に収録されているが、私は村上春樹作品にはエディプス的な葛藤も含まれるが、より本質的なのは前エディプス段階、あるいは発達段階に固定する必要はないかもしれないが、とにかく母親からの分離の過程で生じた問題に起因するとされている自己愛の生涯という問題だと考えている。それで、フロイトではなく、ウィニコットやコフートを参照した。(中略)
コフートも母親的な支持を与えてくれる対象と自己との関係を主に論じており、説明の仕方も彼のいう「経験に近い」ものである。経験的に理解しやすい説明は、小説で起こった出来事などと直接比較できるので、貴重である。

(47ページ)
カフカ少年は見知らぬ土地での不安を和らげる、自己対象として機能するものを手に入れたわけである。続いてカフカ少年は佐伯さんを、「この人が僕の母親だといいのにな」と思う。ここまでは「現実でがあるけれども心理的な色づけをされた対象」をめぐる話と言っていい。
ところが、カフカ少年は「彼女が僕の母親であってはならないという理由はないのだ」と言い始め、その仮定ははじめはほとんど可能性はないはずだったが、結局この佐伯さんが彼の本当に母親らしいという展開になる。
(以下、佐伯さんとの関係が小説の中でどう展開するかの説明)


カフカ少年の無意識というのは小説の中で文章化されない部分であり、文章化されないので当然ながら読みの対象とはなりません。しかし、だからこそそれを読む訓練が必要になるわけです(特に、ラカン派の精神分析では)
文章化はされていなくてもカフカ少年の行動や発言の合間に、彼の無意識は反映されているものと仮定して、読み進めるわけです
さて、カフカ少年が家出をして四国へ向かったのは、四国=死国というベタな解釈もあります。つまり死者に出会うための四国行き、という設定だったのかもしれません
そして佐伯という母親の名字ですが、四国の瀬戸内沿岸は平城京、平安京の時代に佐伯氏の治めていた土地であり、彼女が四国出身であるのは自然の成り行きとも思われます
もちろん、カフカ少年の四国行きは母親に再会するためであり、母親に愛されず捨てられた自分、という傷ついた自己愛を修復するために必要だったのでしょう(なので、佐伯さんとの出会いは必然といえます)
ちなみにカフカ少年の父親は、「母と交わり父を殺し、姉とも交わる」と予言めい呪詛を繰り返しカフカ少年に発したと小説には書かれていますが、父親が意図して口にした言葉なので特段重要視する必要はありません。父親が無意識のうちに発したものであれば重要ですが
むしろ、父親の意図せぬ意図として、カフカ少年に暗に「母親に会いに行け」とのメッセージだったと読むべきかもしれません
村上春樹の小説の常として、カフカ少年が母親(と目される佐伯さん)を再会してからといって、ハッピーエンドを迎えたりはしないのであり、すんなりとカフカ少年の傷ついた自己愛が修復されたりもしない展開になっています
噛み合っていそうで噛み合わない会話、言葉が上滑りして真意がなかなか掴めない会話といった表現に村上春樹のドラマ作りの上手さを感じるのですが、皆さんはどうでしょうか?
カフカ少年には母親に語ろうとする何か、が決定的に欠けているようにも感じます。図書館で多くの本を読み、筋トレをしてタフな15歳にはなっても、母親に語るべきも一番大切な話が思い浮かばない現実。ラカンなら、大事な話は沈黙の中にある、と指摘するのかもしれません
ただ、それでもカフカ少年は成長し、東京に戻る決意をします
彼の自己愛が十分に修復されたのか、バラバラだったものが統合されたのか、について村上春樹は明文化していません。そこは読者が判断するところでしょう

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「なぜ韓国に村上春樹はいないのか」と書く韓国メディア
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村上春樹と東アジア 毎日新聞より
http://05448081.at.webry.info/200908/article_21.html
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http://05448081.at.webry.info/200910/article_2.html
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http://05448081.at.webry.info/201304/article_5.html
「村上春樹のノーベル賞予想に浮かれる日本」と書く海外メディア
http://05448081.at.webry.info/201609/article_27.html
爆笑問題太田による村上春樹批判の迷走
https://05448081.at.webry.info/201702/article_23.html
爆笑問題が村上春樹の新作を批判
http://05448081.at.webry.info/201305/article_2.html
村上春樹「蛍・納屋を焼く」を韓国で映画化 その感想
https://05448081.at.webry.info/201910/article_18.html
映画「ドリーミング村上春樹」
https://05448081.at.webry.info/201912/article_36.html
東出昌大 村上春樹作品映画を降板
https://05448081.at.webry.info/202003/article_13.html

さいたま小4男児殺害事件を考える 懲役20年求刑

さいたま市の教員住宅で昨年9月、義理の息子で小学4年の男児を殺害し、メーターボックス内に遺棄したとして、殺人と死体遺棄の罪に問われた無職、長島悠介被告(33)の裁判員裁判が始まっています
逮捕後は殺人容疑を否認していた長島被告ですが、初公判では起訴事実を認め争う姿勢は示しませんでした
勾留されている間に心境の変化があったのでしょう
初公判では被害児童の母親が出廷し、長島被告の嘘の多さを憤り、なじる証言をしています


さいたま市で昨年九月、義理の息子で小学四年の男児=当時(9つ)=を殺害したなどとして、殺人と死体遺棄の罪に問われた無職長島悠介被告(33)の裁判員裁判の初公判が三十日、さいたま地裁(任介辰哉裁判長)であった。男児の母親は証人尋問で「あれだけ慕っていた息子の命を奪ったのに、うそをつき続けて事件と向き合わず悲しい」と憤りを口にした。
母親によると、男児はかねて「お父さんがほしい」と話し、長島被告との再婚を喜んだという。被告を「ゆうさん」と呼び、毎日一緒に風呂に入ったり、手をつないで歩くなど懐いた様子で、被告も男児の話をよく聞いていたという。
一方で、母親が男児とスキンシップを図ると、被告が家から飛び出し「俺だけのけ者にされた気がしてむかついた」と不満を口にすることもあったという。
また、被告からは大手企業で音響の仕事をし、「パワハラがあり転職する」「社会福祉士の資格があり、病院で内定をもらった」などと説明されていたが、そうした事実は一切ないことが事件後に判明。事件当日も男児の行方について、被告は「英語塾に行った」「友だちのところに泊まりに行くと言っていた」などと話していたという。
母親は、被告には事件後も反省の態度が見えないとして「全て話してくれることが本当の反省の始まり。作り話やうそはどうかつかないで」と訴えた。
(東京新聞の記事から引用)


昨日の初公判に続き今日は論告求刑公判が行われ、長島被告に対して検察は懲役20年を求刑しています
それにしても33歳にしてヒモのような生活にどっぷり浸かり、就労しようともせず嘘ばかり並べていたのですから、うんざりします
年齢こそ33歳ではあるものの、実際はもっと幼稚な思考しかできない人物なのでしょう
そんな人物を伴侶に選び、再婚したのが不幸の始まりです。もちろん、男選びが下手だったと母親を責めるつもりはありません
離婚した先夫とは違い、優しそうな男性に映ったという可能性もあります
ただし、一般論として嘘や言い訳の多い人物を伴侶にするのは考えものです。こうした人物は自分をより良く見せようと、嘘や作り話を持ち出し、いかにも「しっかりした大人」という印象を植え付けようとするわけですが、その実、自信も実績もないため、簡単にメッキが剥がれてしまいます。
長島被告が何をどう謝罪しようと、失われた命は取り戻せないのであり、長島被告は己の所業の重み、罪深さを刑務所で噛み締めてもらうしかないのわけです
勝手に憶測すれば、長島被告は一人のこどもの命と引換えに20年も服役生活を送るのは不満で仕方がないクズ、だと思われます
追記:さいたま地裁は長島被告に対し、懲役16年の実刑判決を言い渡しています

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宮崎駿インタビュー 教祖にしたがるメディア

赤坂憲雄著「ナウシカ考ー風の谷の黙示録」(岩波書店)のAmazonでのレビューに、「多分に著者の憶測と主張(こじつけ)が混ざった私的な論考だと感じた。作品を理解したければ、宮崎駿のインタビュー本を読んだ方が遥かに良いと思う」との書き込みがありました
確かに書き手である赤坂憲雄独特の思索の展開に違和感を覚える読者もいるのでしょう。が、宮崎駿があちらこちらのインタビューに応じ、自作について語っているものを読んで、作品への理解が深まるとも思えません
いくつかのインタビュー記事を読むと、聞き手の稚拙な質問に宮崎駿が苛立ちながら答えているものがあります。あるいは質問する側が宮崎駿に、「現在の日本を鋭く批判してほしい」との意図が露骨に感じられるものがあったりして、そこには作品への理解の欠片もありません
環境保護派の頭目、あるいは教祖にでも祀りあげたいのか、と思ってしまうほどです
宮崎駿のインタビューはインターネットで読めるものも多数あるわけですが、今回は2008年11月20日、東京・有楽町の日本外国特派員協会に宮崎駿が登場し、講演を行った後の外国人記者との質疑応答からいくつか、引用してみます


悪人を倒せば世界が平和になるという映画は作らない――宮崎駿監督、映画哲学を語る(前編)
(前略)
――先ほどの講演で「子どもたちをナショナリズムから解放したい」とおっしゃいましたが、今後は地域社会に根ざした映画を作るつもりか、グローバルな映画を作るつもりかどちらですか?
宮崎 「世界の問題は多民族にある」という考え方が根幹にあると思っています。ですから少なくとも自分たちは、悪人をやっつければ世界が平和になるという映画は作りません。
「あらゆる問題は自分の内面や自分の属する社会や家族の中にもある」ということをいつも踏まえて映画を作らなければいけないと思っています。
「自分の愛する街や愛する国が世界にとって良くないものになるという可能性をいつも持っているんだ」ということを、私たちはこの前の戦争の結果から学んだのですから、学んだことを忘れてはいけないと思っています。
――宮崎さんの映画には、環境問題について示唆する場面が多く登場しているように思えます。宮崎さんは日本の環境問題の現状について楽観的ですか、悲観的ですか?
宮崎 ものすごく悲観的ですね。その後に楽観的なものが来るだろうと思っていますけど。
(環境問題については)とことんひどくなるまで学ばないだろうと思います。この国は生産するよりも、消費する方が多い国なんです。この国で生産できるものは3200万人までの人口しか養えません。残りの分は、自動車を作ったりアニメーションを作ったりして稼いでるわけなんですね。食料の自給率が低いとか、自分が着ている下着が全部中国製であるとか、そういうことがこの国の不安の根幹にあるんだと私は思っています。
その構造を劇的に変えることは不可能ですから、少しずつ少しずつ変えようとしたら、随分長い年月がかかります。少しずつ変えていっても、現代の文明の終焉までに滑り込みセーフになるのかどうか、私はあまり自信がありません。ただ個人的には、自分と自分の周辺に関しては最大限の努力をしていくつもりです。
――日本の将来は悲観的ということですが、60年前の悲惨な状況から経済大国にまで成長したということを考えると、そんなに悲観的になる必要はないのではないでしょうか?
宮崎 経済の恩恵を得た結果、その次のステップに「どういう風に進むか」ということだと私は思います。次のステップに進む時に、大変多くの知恵と自制心がいるのだと思います。
生産者であることと消費者であることは同時でなくてはいけないのに、私たちの社会はほとんどが消費者だけで占められてしまった。生産者も消費者の気分でいるというのが大きな問題だと思います。
それは自分たちの職場で感じます。人を楽しませるために自分たちの職業で精いっぱい力を尽くすのではなく、それもやるけれど、ほとんどの時間は他人が作ったものを消費することによって楽しもうと思って生きていますね。
それは僕のような年寄りから見ると、非常に不遜なことであるという風に、真面目に作れという風に、力を込めて作れという風に(感じ)、「すべてのものをそこ(作品)に注ぎ込め」と怒り狂っているわけです。だから全体的なモチベーションの低下がこの社会を覆っているんだと思います。
――ウォルト・ディズニーと比較する意見についてどう思われますか?
宮崎 (ウォルト・ディズニーとは)違います。私はプロデューサーではありません。ウォルト・ディズニーは非常にすぐれたプロデューサーでした。それでウォルトナインズ※という非常にすぐれたアーティストたちと仕事をすることができた。彼らの無限な信頼を得ていた人間だと思いますね。
※ウォルトナインズ……ウォルト・ディズニー・スタジオで中心的な役割を果たしていたアニメーター9人のこと。ナイン・オールドメンとも言われる。
ウォルト・ディズニーとウォルトナインズとの関係は、あの時代にしかありえなかったような非常に濃密な幸せな関係だったと思います。私たちは私たちなりに(そうした幸せな関係を)持っていますが、比較することはできません。1930年代にアニメーションを確立したという彼らの誇りと、それを使って商売をやってきたその後の人間たちとではずいぶん違うんだということです。
(以下、略)


宮崎駿は警世家でもなく、預言者や評論家でもありません。1人のクリエイターであり、アニメ屋です
しかし、上記の記事を見れば分かるように、宮崎駿に文明批判を語らせようとしたり、世相を鋭く斬るよう求める記者たちに、自分は大いに疑問を感じますし、「何やってんだ」と思うばかりです
もちろん宮崎駿にしても言いたいことは山ほどあり、質問されれば答えるでしょう
おそらく集まった記者たちの多くは個々の宮崎作品に関心もなく、作品への理解を深めたいという意図もなく、宮崎駿というビッグネームが原子力発電を批判したり、環境破壊の愚かしさを糾弾する方が記事にしやすく、それを望んでいるのでしょう
こんなインタビュー記事を100本読んだところで、作品への理解が深まったりはしません
サービス精神溢れる宮崎駿は記者の求めに応じて語っているものの、アニメーションと関係のない質問ばかりでは内心うんざりしているのではないか、という気がします
「アニメ屋に社会批判を語らせてどうするのか?」と
以前、韓国メディアの記事で「世界で売るためには無国籍のアニメでなければならない」と語る、韓国のアニメ関係者の発言を取り上げたことがあります。売るためなら自国の文化も風習も捨て、毒にも薬にもならないアニメを作って平気でいられる感覚に正直、驚いたものです。金になるならそれで良い、と心底思っているのでしょう
上記の記事の引用部の冒頭に、「グローバルな映画(特定の国や地域を舞台としない映画)を作るつもりか」と質問され、宮崎駿が答えているのですが、これできちんと意図を理解してくれたかどうかちょっと気になります

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座間9人殺害事件を考える 初公判の模様

自殺志願者を自宅アパートに招き入れ、強姦した後に殺害し、遺体をバラバラにして室内のクーラーボックスに保管していた白石隆浩被告の裁判が始まりました
初公判の様子を伝える産経新聞の記事から一部、引用します
白石隆浩被告の公判は12月までに24回行われ、77日間にも及ぶ長丁場になります。裁判員の負担に配慮し、9人の被害者を3組に分けて公判を進めるという異例の形態です。判決は12月15日に予定されていますが、そのまますんなりと進むのかどうか


【座間9人殺害 初公判詳報】
(前略)
裁判長「起訴状の事実に間違っている点や、あなたの言い分はありますか」
白石被告「起訴状の通り、間違いありません」
裁判長「9人に対する強盗殺人、強盗強制性交殺人、死体損壊、死体遺棄の18個の事実について、間違いありませんか」
白石被告「間違いありません」
《裁判長の念押しにも「間違いない」と答え、起訴内容を認めた白石被告。続いて弁護人が意見を述べる。弁護人は一部を争った》
弁護人「少し長くなりますが、5点あります。まずは責任能力がないこと。被告は事件当時、何らかの精神障害で心神喪失状態、少なくとも心神耗弱状態で、責任能力は限定的にしかありませんでした」
弁護人「次に殺人について。各公訴事実の方法により殺害したことは争いません。しかし全ての被害者は殺害されることを承諾していたので、罪が成立するのは承諾殺人になります」
《責任能力を争い、刑の減軽を求める姿勢を示した弁護人。さらに被害者は、被告に殺されることを了承していたとし、大幅に刑が軽い承諾殺人に該当すると主張した》
《弁護人は続けて、被告が被害者の金銭を得ることも了承されていたとして、強盗について罪は成立しないと主張。性交や死体損壊の点は争わないとした》
《弁護人の意見が終わると、裁判長が被告に元の席に戻るよう促した。被告は猫背の姿勢でゆっくりと歩き、弁護人の後ろの椅子に座った》
(以下、略)


被害者9人のうち女性8人を強姦した上で殺害したのは認めるものの、殺害そのものは本人の承諾があったと主張し、殺人罪ではなく承諾殺人が適用されるべきだ、と白石被告側は主張しています
ただし、被害者直筆の「殺害を承諾します」とか、「自殺の手伝いを依頼します」といった書面は残されていないのであり、本人の承諾を受けて殺害したというのはあくまで白石被告だけの言い分に過ぎません
おそらくSNSでの被害者とやりとりした文面を証拠として提示し、被害者が強い自殺願望を有しており、白石被告に自殺の手伝いを求めていたと立証する気なのでしょう
ただ、それが通用するかどうかは別です
殺害された8人の女性が自殺願望を抱いていたのは事実でしょう。それゆえ、白石被告と接点を持ってのですから
しかし、自殺願望のある人といえども、どこかで自殺を迷い、ためらうものです。でなければ、誰かに相談したりせずさっさと高いビルなりマンションから飛び降りて自殺します
なぜ、8人の被害者は誰かの手を借りようと思い至ったのか、その背景などに検察は踏み込み、自殺へのためらいや迷い、生への未練といったものを全面に押し出して反論できるのか、注目されます

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「切り裂きジャック」殺人 似ているようでまったく違う犯行
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現代の切り裂きジャック事件に終身刑の判決 英国
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殺人道化師ジョン・ゲーシーの数奇な人生
アメリカの連続殺人 捜査・介入が後手回ると
アメリカで黒人を狙った連続殺人犯逮捕
実在した殺人鬼を描く映画「チャイルド44 森に消えた子供たち」

性犯罪者への教員免許再交付は認めるべきか?

わいせつ行為で教員免許を取り消される教師が大勢いるわけですが、現行の法令では取り消しを受けてから3年を経過すれば、教員免許の再交付を受けられる扱いになっており、性犯罪者が教育現場に舞い戻る危険があります
これまで再交付制度が正面切って問題になるケースがなかったといえばそれまでかもしれませんが、性犯罪者に抜け道を与えるような制度は廃止するなり、改正して厳正な審査を設けるなりすべきでしょう
申請書類に不備がなければどれだけ凶悪な性犯罪者であっても、教員免許が無条件で再交付されるというのはあまりにバカバカしい制度です


“わいせつ教員を教壇に戻すな” 保護者ら免許再交付にNO!
文部科学省は、わいせつ行為で教職員免許を失った人物が免許を再取得できるまでの期間を、現在の3年から5年に延ばすなどの法改正を含む対応の厳正化を検討していることがわかった。
これに保護者らで作る市民団体が動いた。
ネットで集めた署名は、わずか1週間で5万4,000人分。
これを文科省に提出し、全国学校ハラスメント被害者連絡会・郡司真子共同代表は、「わいせつ事件を起こした人には、絶対(教員免許を)再交付しないよう考えていただきたい」と訴えた。
2015年度の犯罪白書では、小児わいせつの前科が2回以上ある者の再犯率は、84.6%。
この高い再犯率などを理由に、保護者らの団体は、子どもに対するわいせつの前歴がある人物には、教員免許を再交付しないこと、また、学校に防犯カメラを設置することなどを要望した。
中学時代から5年間、教員からの性暴力被害に遭ったという女性が語った。
教師から性暴力を受けた石田郁子さん「教員という立場を利用して加害している。教員だから疑わなかった、悪いことをすると思ってなかったという被害者の心理を利用している。わたしとしては、生徒にわいせつ行為をした人間は、教職に戻るべきではない」
教師という優位な立場を悪用した性暴力は、人との信頼を育む教育の場では到底許されない卑劣な犯罪といえる。
子どもに対し、わいせつ行為をした教師の復職問題。
萩生田文科相は、29日の会見で、対応の難しさに言及した。
萩生田文科相「わいせつ教員の皆さんは教壇に戻さないという方向を目指して法改正をしていきたいと思っていますけども、数年たって本当に更正して、教育への熱意が変わらないということで戻ってきたいという人たちに、職業選択の自由をあらかじめ拒むことが、はたして憲法上できるのか」
憲法が認める職業選択の自由。
萩生田文科相が示したその考え方に、被害者である石田さんは...。
石田郁子さん「個人の自由のために、全体の安全が脅かされる、心配しなければならないって筋が通ってないと思う。加害教師の自由と大勢の安全を考えた場合、なぜ1人の自由を考えなければならないのか」
子どもの虐待にくわしい専門家、スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク 亀井明子NPO(民間非営利団体)代表理事は、「職業選択の自由か、子どもが教育を受ける権利を保障するかという問題。その現場で、性暴力を起こしているわけだから、(加害教師に)職業を選択する自由を優先することはおかしい。子どもを守らないでなぜ? と思う」と指摘した。


文部科学大臣の主張「憲法の定める職業選択の自由を拒むのは問題だ」は、噴飯ものです
教師が児童生徒(あるいはその他の人物)に性犯罪をなしたのであれば、自らの手で職業選択の権利を毀損したのであり、教員免許の再交付を拒否する理由として十分でしょう
それでも問題があるというなら、性犯罪歴のある者への教員免許の再交付を書面の確認だけで済ませるのではなく、資格審査の機関を設け、厳正にして厳密な審査を行うようにする手もあります
そもそも萩生田文科相の言うところの、「数年たって本当に更正して、教育への熱意が変わらないということで戻ってきたいという人たち」が存在するのか、です
教育現場に戻りたいと志向する人物がいたとすれば、児童生徒を性犯罪の餌食にする目的があってではないか、と疑ってかかるのが当然でしょう。「更生しているから」などと安易に、性犯罪者に免罪符を与えるべきではありません
現状、教育現場において性犯罪に手を染めている教師を発見したり、被害にあっている児童生徒を救済できていないのですから、やはり性犯罪歴のある人物への教員免許の再交付はよほどの理由がない限り原則として認めないのが一番です

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「海辺のカフカ」を巡る冒険 性と暴力の神話として

今回は遠藤伸治広島県立大学教授の「村上春樹『海辺のカフカ』論ー性と暴力をめぐる現代の神話」を手がかりに、作品を読み解く冒険へ踏み出します
以下のページからPDFファイルがダウンロードできます

村上春樹『海辺のカフカ』論 : 性と暴力をめぐる現代の神話

さて、遠藤論文では13ページ下段から、小森陽一による村上春樹批判(「村上春樹論ー『海辺のカフカ』を精読する」)に触れているので、少しばかり引用します
小森陽一の手による「村上春樹論」(平凡社新書)については、当ブログでもかなり前に言及しました

村上春樹論
http://05448081.at.webry.info/200903/article_5.html<
基本的に小森陽一が「海辺のカフカ」を読めていないとの所感は変わりありません。おそらく小森陽一は「海辺のカフカ」のページをめくりながら、別の物語を読みふけっていたのでしょう。それは小森陽一の中にある彼だけの物語であり、彼以外の誰も読むことはできない物語です
結果として小森陽一による村上春樹論は、村上春樹以外の誰かについて語っている評論です
それを踏まえて遠藤論文から小森陽一に言及した部分を引用します


阪神淡路大震災を体験し、「地下鉄サリン事件」の被害者及びその家族の「記憶の証言」を徹底取材し、『アンダーグラウンド』という作品に結実させ、「『現実』や『歴史的状況』にかかわらないかに見えた一人の作家が、時代の危機と正面から向かい合おうとしているのではないかという期待」を抱かせたにもかかわらず、この期待を完全に裏切り、既成のアクチュアルな社会参加の作家に変化しなかった村上春樹に対する失望感と苛立ちから、『海辺のカフカ』を「カフカ少年の『父を殺し、母と姉と交わる』ことが容認され、〈いたしかたないこと〉とされてしまっている」と解釈し、「人間社会が、全体として根源的なタブーを犯してしまった、という罪障感」が、「『九・一一』と、それ以降の『テロとの戦争』に対して、世界的に発生し」、それを〈癒す〉ための「免罪符」として『海辺のカフカ』が消費されているという批判を展開する。
また、小森陽一は、読者と村上春樹とのメールのやりとりのほとんどが、それまで形成されていた〈救い〉と〈救済〉の方向でこの小説を読み、〈癒し〉を感じたと告白するものが多かったこと」に対して、「ある特定の読みの方向で、読者を囲い込みと排除によって選別することになるのではないか」という「強い危機感を抱いた」ことも、『村上春樹論』の執筆動機であったとも述べているが、ここまで見てきたように、『海辺のカフカ』において、〈物語〉や〈音楽〉や〈映画〉による自己回復が暴力に対抗するものとされているとするならば、その自己回復をもたらす〈癒し〉の可能性を最初から排除して『海辺のカフカ』を読み、暴力に対抗するものが読み取れないのは当然だといえるだろう。つまり、カフカ少年の暴力が〈いたしかたのないこと〉として容認されているという解釈は、『海辺のカフカ』という小説自体によるのではなく、小森陽一の読みの前提と方法によると思われる。


「九・一一」以降も我々の日常に何ら変わりはなく、意識高い系の小森陽一や筑紫哲也などが「九・一一」以降世界は変わってしまった、などといわくありげに発言するのを、自分はバカバカしいと冷ややかに眺めてきました。現在でもその認識は揺るぎません
地下鉄サリン事件があろうと、阪神淡路大震災があろうと、です
もちろん、直接被害を受けた方々の中には、生活が激変したケースも多いとは思います。それでも、多くの日本人は昭和の延長として平成の暮らしを営んでいたのであり、天地がひっくり返ったりはしません
村上春樹が何を感じたのかはともかく、小森陽一が自身の鋭敏な感覚で時代の変化をとらえたがごとく、村上春樹が小森陽一に同調し、同じ世界観に立って新作を書いたりはしないのです(当たり前すぎて書くのが恥ずかしくなります)
しかし、小森陽一にはそれが許せなかった、のでしょうか?
小森陽一の「村上春樹論」を読み、自分は「海辺のカフカ」をあっけらかんとするほど健全な小説である、と書きました
「父親殺し」という設定を小森陽一は許せなかったようですが、自分には思春期のカフカ少年の行動は健全でまっとうなものと映りましたし、不道徳なものではありません。書き手である村上春樹自身、極めて健康で健全なメンタルをしているのでしょう
むしろ、小森陽一の方が屈折し、病んでいるといえるのかもしれません
それはともかく、「時代の危機」に立ち向かう姿勢として、遠藤論文は以下のように結論付けています


もはや詳しく述べる余裕はないが、村上春樹をめぐる現在の問題は、次のような点に設定されなければならないと思われる。近代の〈大きな物語〉が崩壊し、近代国家権力とそれに対抗する社会変革の力という、二つをそれぞれに支えていた理念や理想が現実生活の中で説得力を失っても、暴力は世界から減るどころか、理不尽な暴力として剥き出しになった感がある。空疎で形骸化した理念や理想、それを掲げた力の行使は、現実生活の生きにくさに対する不満のはけ口として機能し、倒錯的に、そのはけ口を見つけるためにこそ、イデオロギーや文明の衝突といった〈大きな物語〉を再生産しようとするように見える。
そのような〈時代の危機〉の中で、個人主義と〈物語〉の力によって暴力に対抗できるのか、特に〈歴史〉や〈戦争〉を持ち出す前に、まず現在の自分に対する〈責任〉において暴力を否定するだけの強固な個人主義を日本人が持つことができるのか、もしできないとすれば、村上春樹という作家は日本の現実から離れてしまうのだろうか、という点にである。


「大きな物語」と聞くと、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を思い起こします。司馬遼太郎は幕末から明治維新、日清戦争、日露戦争を題材に、近代日本を作り上げた「偉大なる父親」の物語を書いてきました。司馬遼太郎の意図はどうあれ、彼が「偉大なる父親」の物語を書き続けたからこそ、国民的な作家と称賛されたわけです
それに対し、村上春樹は1人のタフな少年の物語を提示します。カフカ少年の個人的な体験が「偉大なる父親」の物語に拮抗しうるかどうか、試されていると自分は感じます
言い換えるなら、日本の読者が司馬遼太郎の「偉大なる父親」の物語を選ぶのか、村上春樹によるカフカ少年の個人的な体験談を選ぶのかが試されている、と表現してもよいのでしょう

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「ノーベル賞で騒ぐ韓国は幼稚」と批判する韓国人科学者

10月になると秋の風物詩としてノーベル賞の話題が登場します
とりわけ、科学分野でノーベル賞受賞者がいない(経済学賞も文学賞も受賞者がいません)韓国では、今年こそと韓国人科学者を有力候補であると宣伝する記事が書かれます
今年は化学賞の有力候補として、均一な大きさのナノ粒子の製造法を開発した韓国人科学者をプッシュしています
それとは別に、韓国社会のノーベル賞騒動を批判する記事をカナダのオタワ大学医学部の韓国人助教授が書いていますので、取り上げます
ノーベル賞がすっかりショービジネスになってしまい、大して重要ではない研究でも時流に乗ればノーベル賞を授与される、と批判する内容です
ただ、記事の文脈からはノーベル賞を取れない事実への恨みつらみが滲んでおり、やはり科学者として悔しさを胸に秘めていると伺わせる内容になっています
元記事が韓国語なので、いつものようにインターネットの掲示板「5ちゃんねる」に貼られた蚯蚓記者の翻訳を引用させてもらいます


10月にもならないうちにメディアではすでに国内科学者のノーベル賞有力の便りを知らせる。韓国のようにノーベル賞に熱狂する国も珍しい。執着に近いこのような反応を見ると、まだ私たちには科学に対する西欧コンプレックスが残っているようだ。
20世紀始め、西洋に蹂りんされた東アジアの知識人は、西欧体制の優越性が民主と科学のせいだと考えた。中国共産党の創立者、陳独秀はテ先生とクァ先生、すなわち民主と科学だけが新しい中国の代案だと叫び、解放空間の朝鮮知識人は科学朝鮮という新しい国家を追求した。韓国のノーベル賞執着には永く続いた西欧に対する東アジアのコンプレックスが溶けこんでいる。
ノーベル賞のニュースは芸能ニュースと性質が同じだ。科学に関心がないメディアが1年にぴったり一度、科学を芸能ニュースのように扱える機会だからだ。芸能ニュースはメディアを熱くするが、ほとんど短い間に消費されてしまう。ノーベル賞も同じだ。読者のうちに昨年のノーベル生理医学受賞者の名前を言うことができる人がいるだろうか。生物学者である私さえ彼らの名前を記憶できない。ノーベル賞は科学界の最も大きいショービジネス行事だ。
もちろんノーベル賞には権威がある。しかし、本当に深刻な問題はその偽の権威から始まる。ノーベル賞こそ科学の真の社会的価値と意味を毀損するショーに近いからだ。ノーベル賞を受けられる科学者は全科学者のうちで、運良く流行の科学に従事したごく一部だ。このように少数の運の良いエリートに与えられる賞に権威ができるには、ノーベル賞のおかげで科学がより一層健康に発展し、人類がさらに幸せになったという根拠が必要だ。まさにそれが死んだノーベルの遺言でもあった。
しかし、ノーベル賞を貰った科学者の大部分はノーベル賞がなくても研究した人々だ。その上、人類を幸せにするのはノーベル賞ではなくノーベル賞を貰った研究だけにすぎない。すなわち、ノーベル賞がなくてもノーベル賞を受けた研究の価値は毀損されない。ノーベル賞の権威は作為的だ。
(中略)
ノーベル賞は政治的に健康でも公正でもない。自身につけられた「死の商人」という烙印を消すために、せいぜいエリート科学者に与える賞などを急造したノーベルの幼稚な考えに、私たちが今も熱狂する理由はない。
韓国のように民主的体制を守ってコロナ19の防疫に成功した国はない。科学先進国・米国も、東アジアでノーベル賞を最も多く受賞した日本も、さらにノーベル賞を授賞するスウェーデンやノルウェーさえコロナ ウイルスに対応無策だった。ノーベル賞の数字とコロナ19の科学的防疫の間には何の相関関係もない。
韓国の防疫を科学的に成功させたチョン・ウンギョン庁長も、米国の独裁者トランプに対抗して米国の科学的防疫を守っているファウチ所長も、コロナ19ワクチンを開発している数多くの科学者の誰もノーベル賞を受けることができないだろう。ノーベル賞は私たちの人生を守る科学に与えられる賞ではないからだ。
それにもかかわらず、毎年10月になれば韓国はノーベル狂詩曲にはまってじたばたするだろう。この幼稚さをどうしたらよいか分からない。
ソース:ニューストマト(韓国語)(時論)ノーベル狂詩曲


日本のコロナウィルス対応を無策だと決めつけており、苦笑いするしかありません。日本の重症化患者、死者の数が少ない事実を見れば、コロナ対策は一定の成果があったと言えるのですが、韓国人科学者はその事実を認めたくないのでしょう
さらに日本にはアビガンなど、コロナウィルス治療に有効とされる複数の医薬品を開発しており、日本の科学力を再認識させられる契機にもなりました
韓国はいまだにコロナウィルスの治療薬やワクチン開発に試行錯誤している状態です(韓国メディアの報道によればワクチン開発に成功しつつある、という話ですが額面通りに受け止めるわけにはいきません)
韓国は自国の防疫体制を「K防疫」と名付け、コロナウィルスに勝利したと宣伝しているわけですが、それでも9月に入って感染者数が増加しており、自慢の「K防疫」も効果は限定的だったようです
さて、話を戻して韓国のノーベル賞騒動は、受賞者を輩出するまで毎年繰り返されるのでしょう
加えて、ライバル視している日本の受賞者数を追い越さない限り、彼ら彼女らのコンプレックスは解消されないのですから、今後も40年や50年は「ノーベル症」を拗らせるものと推測します
今年も日本人受賞者が出ることを期待して、終わりとします

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ヒステリックブルーのナオキ 再犯に至る事情

ヒステリックブルーの元メンバーであるナオキ(現在は二階堂直樹)が強制わいせつ事件で逮捕されたと、当ブログでも取り上げました
続報として雑誌「創」の篠田編集長がナオキに警察署で面会をし、そのあらましを記事にしています
書かれている事件の経緯はあくまで二階堂容疑者の語ったものであり、事実であるかどうかは保留しておく必要があります
性犯罪を繰り返す人物は認知の歪みがあり、事物を極めて事故の都合よく解釈したり、他罰的に捉えたりする傾向があるからです
「女の方が誘ってきた」とか、「あんな格好で歩いていたら襲ってくれと言ってるのも同然」など、被害者である女性に原因を押し付けるような言い方を平気でします


性犯罪で再び逮捕された元ヒステリックブルーのナオキに警察署で接見した
(前略)
ナオキが今回犯した性犯罪の詳しい経緯
さていったい今回の事件はどういうものだったのか。ナオキは事実関係を基本的に認めているから、接見の際に経緯を詳しく話してくれた。
事件を起こした7月6日午前2時頃、ナオキは自宅近くのラーメン店で一人で食事をし、酒を飲んでいた。そして酔った勢いで通りかかった女性の後をつけた。最初の女性には少し後をつけただけで何もしなかったが、2人目の女性に対しては背後から近づいて、叫ばれるのを防ぐために両手で口を押えた。
そのうえで女性の胸などを触るという痴漢行為をしようとしたとたん、女性が動転して転倒してしまった。そして肘に擦り傷を作った。それが、強制わいせつ致傷という今回の罪名だ。報道では「口を塞いで押し倒してわいせつな行為をしようとした」とされていたから、多くの人が当然、強姦未遂と考えたろうが、本人の話ではそうではないという。警察の見立てと本人の言い分が違っているということなのか、あるいは報道が不正確でそうなったのかわからない。これについては裁判の核心にあたる部分なので、公判で詳しく解明されるのだろう。ナオキが言っている内容が、報道内容と違っていることだけを、ここでは指摘しておこう。
(以下、略)


篠田編集長の立場として旧知の間柄である二階堂容疑者に肩入れし、巷で言われているほど悪質な犯行ではないと擁護したいのでしょう
ただ、過剰な肩入れは禁物であり、事実を歪めて情報発信してしまう危険が伴います
そもそも夜道でいきなり襲われたなら女性が多大な恐怖感を味わうのであり、「ちょっと触ろうとしたら、相手が勝手にこけて肘を擦りむいただけ」などと受け取られかねない表現にするのは控えるべきでしょう
夜道で見知らぬ男に襲われ、体を触られるのが女性にとって如何に不快な体験であり、恐怖であるのか、二階堂容疑者自身が理解できていないのだと推測します(これも認知の歪みでしょう)
そこは報道に関わる者としてきちんと線引し、扱う必要があるのでは?
加えて、体を触っただけで二階堂容疑者が満足し、被害者を開放するという保証はどこにもないのであり、さらにわいせつ行為をエスカレートさせる危険、というものを被害者は味わっています
二階堂容疑者がどう釈明しようと、被害者は強姦された上で殺されるかもしれない、という最悪のケースが頭の中をよぎったはずです
なので、上記の記事を読む限り二階堂容疑者が被害者の恐怖感を理解し、真摯に反省しているとは受け取れません。相変わらず、自分勝手な主張を一方的に展開し、「俺はそんなにひどいことはしていない」と主張しているも同然です
ちなみに今回の手口は、二階堂容疑者が刑務所に収監されるに至った一連の強姦事件と同じです。本人に自覚が欠けているようですが、本当に夜道で女性をつけ回し、体を触るだけの犯行に留める気だったのかどうか、自分には大いに疑問です
被害者が転倒し、悲鳴を上げたので驚いて逃げ出しただけであり、それでなければ強姦に至っていた可能性は十分にあるのでは?

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「韓ドラの次はウェブ漫画が来る」という記事

FRIDAYの掲載記事で、児玉愛子という韓国コラムニストが書いた記事を取り上げます
韓国ドラマなどの情報に通じた人物なのでしょうが、今回取り上げる記事はあまりに低レベルであり、本当にプロのライターなのかしらんと思わざるを得ない内容です


韓ドラの次は「ウェブ漫画」?韓国のコンテンツ輸出の勝算と誤算
韓国の人気コンテンツといえば、すぐに思いつくのが韓国ドラマや韓国映画、K-POPだ。ドラマは『愛の不時着』『梨泰院(イテウォン)クラス』で新たなファン層を獲得。K-POPもBTSからNiziUまで、次々と人気グループを輩出している。
それに加えて急成長しているのが韓国の“ウェブ漫画”市場だ。今月公開の映画『ヒットマン エージェント:ジュン』でもクォン・サンウがウェブ漫画家を目指している。
漫画といえば、世界的に見ても日本が高いシェアを占めているが、ここ数年はスマホで気軽に読めるデジタルコミックが身近になっている。中でも注目を集めているのが韓国発のデジタルコミック“ウェブトゥーン”だという。
そのウェブトゥーンを無料で読めるアプリ「XOY」は2019年1月にLINEに移行。気づけばLINEの「LINEマンガ」とカカオトークの「ピッコマ」が日本のデジタルマンガ市場で熾烈な戦いを繰り広げていた。
作品には学歴至上主義や格差社会、外見がモノを言うお国柄だから整形もリアルに描かれる。LINEマンガでも人気の『外見至上主義』や『私は整形美人』が良い例だろう。
人気となったウェブトゥーンが韓国で映画化・ドラマ化されることも珍しくない。日本でも公開された映画『神と共に』や、Netflixで配信されている映画『チーズ・イン・ザ・トラップ』、Amazonプライム配信のドラマ『ミセン-未生-』もウェブトゥーン原作だ。
ウェブトゥーンにはもちろん課題もある。文化や風習が違うのでローカライズが簡単ではない。「XOY」で配信された『チーズ・イン・ザ・トラップ』は“兵役”関連の記述がすべてカットされ、残念がる声も聞かれた。
また、韓国映画にもなった『神と共に』は日本の漫画家によってリメイクされている。韓国の原作者は「自分の絵が下手すぎるためだ」とテレビ番組で説明し、「ウェブトゥーンには絵が下手な作品もある」と語った。
(以下、略)


まず、韓国のウェブトーン自体、どのくらい売上の規模であるのか、漫画家はどれくらい収入があるのか、何も取材しないまま記事を書いています。無料配信のアプリに乗っかっているだけで、収益構造が不鮮明であり、分からないことだらけです
児玉愛子は記事を書いていて、自分で疑問に思わないのでしょうか?
日本の漫画市場に占める韓国のウェブの割合は何%なのか、それすら提示されないまま「次は韓国のウェブ漫画が来る」と言われてもねえ
無料配信でも高収益を挙げられるようなビジネスモデルを採用しているのなら、そう書くべきでしょう
当ブログでも以前、韓国の人気ウェブ漫画がアニメ化されるとの記事を書いていますが、期待したほどの出来ではなく、日本のアニメファンの評価も厳しいみのでした。
上記の記事ではウェブ漫画をドラマ化、映画化して成功した作品もあるようですが、韓国のウェブ漫画を記事のまま「ヒット作の原石が眠る宝庫」のように扱うのはどうか、と思ってしまいます

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アニメ「神之塔」の評価は
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韓国アニメの現在 「セミとマジックキューブ」
パクリまくりの韓国アニメ 「スペース・サンダー・キッズ」
酷評された韓国アニメ「クリスタル妖精ジスクォード」
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山口達也 飲酒運転で逮捕

TOKIOの元メンバー、山口達也が酒気帯びで大型バイクを運転し、警察官の運転する車に追突したとことを逮捕されています
山口達也は、「酒が残っている自覚はあったが、事故さえ起こさなければ問題ない」として運転していたと供述していたようです
芸能メディアは信頼を裏切った、と山口達也を批判する論調が目立ちます
しかし、前回の事件以降、セレブ患者御用達の精神科の病院に入院、ジャニーズ事務所解雇、離婚、という流れの中で彼の「再犯」は時間の問題だったのでしょう
監視の目が緩んだ結果、最近は酒浸りの生活ではなかったかと推測します。山口達也がアルコール依存症であるのは明らかで、そんな人物を1人にしたならこうした結果になるのは予想がつきます


道交法違反(酒気帯び運転)容疑で警視庁に逮捕されたTOKIOの山口達也元メンバー(48)が24日朝に送検、そして夜に釈放された。当初は〝予定調和〟で進むとみられていたが、急きょ捜査当局の姿勢が180度転換した。まさかの勾留請求、さらに釈放後には本人立ち会いのもと、深夜に異例の家宅捜索を敢行したのだ。いったい何があったのか――。
何も〝揉める〟ところはないはずだったが…。
昼ごろまでは「夕方に釈放」で報道各社は動いていたのに、雲行きがどんどん怪しくなっていく。午後3時半ごろになって、検察が勾留請求。東京地裁は認めなかったが、それでもあきらめない検察は準抗告してまで、山口元メンバーの勾留にこだわったのだ。
「飲酒運転の末の軽い物損事故で、山口は取り調べにも素直に応じている。そんなに争う点はないとみられていただけに、勾留請求は驚きだった」とは司法関係者。
準抗告が棄却され釈放が決まった後も、すんなりとは進まなかった。警視庁本部を後にした山口元メンバーは、捜査員とともに自宅に向かい、そこで異例の家宅捜索が行われた。報道各社が集まるなか、わざわざこのタイミングでやることに、検察、警察の厳しい姿勢を感じざるをえない。
なぜ当局は急に山口元メンバーに対する態度を一変したのか?
「最初の警察の取り調べと、送検後の検察の取り調べで山口元メンバーが一部、供述を変えたと聞いている」(同)
そもそも山口元メンバーは、警察の取り調べに対して、当初は「朝まで飲んでいた。量は覚えていない」としていた。だが、途中から「夜9時から深夜0時ごろまで、麦焼酎をロックで5、6杯飲んだ」と供述が微妙に変わっていた。
さらに検察の取り調べで「飲酒した量や時間、そしてどれだけのアルコールが体内に残っていたかという本人の自覚の部分についての供述が変わったのではないか、と言われている」(同)。
本人がバイクを運転したこと、呼気から0・7ミリグラムのアルコールが検出されたこと、また前の乗用車に軽く接触したことは否定しようがない。供述を翻意するならば、飲酒した量と時間、さらに飲酒運転に対する自覚の部分だ。
警察の調べに山口元メンバーは「酒が残っている認識があって運転した」という趣旨の供述をしていた。だが、検察の取り調べではではその部分などを一部撤回したと言われている。それで不審に思った検察に勾留請求された、というのが大方の見方だ。
芸能プロ関係者は「供述が微妙に変遷しているのは、もちろん記憶のあいまいさもあるでしょうが、まだどこかで自分を良く見せたいという部分が残っているのではないか。山口は将来的はTOKIOへの合流を目指していた。今回の事故はその計画が頓挫するほどの出来事。少しでも印象を良くして復帰への道を模索したいのだと思う」と推察する。
往生際が悪いようにも映るが、山口元メンバーも必死なのだ。警視庁は今後も任意で捜査を続ける。まだまだ波乱含みだ。
(東スポWebの記事から引用)


ジャニーズ事務所を解雇され、離婚した山口達也が就労していたのかどうか?
本人はいずれTOKIOに復帰し、芸能活動を再開する気でおり、そのため無職だったのではないか、と思われます
少なくとも、ジャニーズ事務所を解雇された後、どこかに勤め就労していたのであれば、結果は違った可能性もあります
いずれは芸能界に復帰できるはず楽観視し、働きもせず酒を飲み続け、理性もモラルも失ったのではないでしょうか
今後は兄夫婦が監督する、と記事を書いているメディアもありますが、無理な話です
兄夫婦が山口達也と同居し、24時間監視するのならともかく、そのような監視は兄夫婦にもできないわけで
もし兄夫婦が山口達也を更生させようという気があるなら、なぜこうなるまで放置していたのか、と訊きたくなります。運転免許を返納させ、大型バイクは処分しておくべきでした(飲酒運転の挙げ句、人命にかかわる事故を起こす懸念があるのですから)
アルコール依存症の人は平気で嘘を付くのであり、今回も夜0時まで麦焼酎をロックで5、6杯飲んだというのは嘘でしょう。実際には朝方まで飲み続けていたはずです
山口達也自身も、周囲の人も危機感が欠如しており、これでは更生どころではありません

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グレタ・トゥーンベリとナウシカ

昨年、国連の気候行動サミットに登場して世界各国の首脳を容赦なく罵倒したグレタ・トゥーンベリについて触れます
日本のメディアの多くは彼女に好意的であり、16歳の少女が温暖化問題を真摯に考え、政治家達に変化を要求しているとの扱い方をしています
それ自体、批判すべきではないのでしょうが、彼女の喧嘩腰のスピーチに自分は嫌悪感を覚えるだけです。これだけ不愉快な16歳の少女というのは、世の中になかなか存在しないのでは?
しかも、あろうことかグレタ・トゥーンべりを「風の谷のナウシカ」の主人公になぞらえ、環境少女と称えるような扱いをしている個人や団体があるようで、これはもう黙っていられません
確かに劇場版「風の谷のナウシカ」だけしか観ていない人の中には、「人間が生きるためには、自然環境がいかに大切かを教えてくれる作品」などといった感想を抱く人もいて、ナウシカを環境少女のごとく理解しているケースも少なくないのでしょう


グレタさん礼賛一辺倒に見る「ポピュリズム」と「ナウシカ現象」
あなたたちには失望した、と国連の気候行動サミットで訴えたグレタ・トゥーンベリさん。糾弾された側の“大人たち”はこの16歳の少女に注目、称賛の声を上げているのはご存じのとおりだ。しかし、彼女と彼女を持ち上げる大人たちには、拭えない違和感が……。たとえば、極端すぎるCO2削減を訴える一方で、国連の会合に参加するにあたり、スタッフが飛行機を利用するといった「矛盾」をはらんだ活動となっているのだ。
***
また、グレタさんは特定のスポンサーや政党からの支援は受けていないとアピールするものの、
「ドイツではこの運動が政治的な色合いを強めています。再生可能エネルギーを推進する『緑の党』にとって、デモに参加する子どもたちは未来の票田。投票権を16歳まで引き下げるべきとも主張している」(在独の作家・川口マーン惠美氏)
緑の党は9月末には支持率を27%まで伸ばし、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟と拮抗。焦った彼女は、人気取りのために“デモを応援する”と宣言した。
「デモへの批判が許されない空気はもはやポピュリズムに近い。しかも、グレタさんの活動は大人への憎しみに満ちたものです。ドイツでは1960~70年代にかけてナチスを糾弾しなかった親世代を若者が攻撃しましたが、それと似た世代間闘争が煽られているように感じます」(同)
同じく、国連での敵意むき出しのスピーチにも疑義の声が上がる。
ハリウッド大学院大学の佐藤綾子教授(パフォーマンス学)はこう語る。
「スピーチで第一に重要なのは“場”と“関わり”を考慮して発言することです。言うまでもなく国連はフォーマルな場で、彼女がデモをする街角のようにフレンドリーな場ではありません。また、そこにいるのは学生ではなく、各国の首脳や環境問題のプロフェッショナルたちです。そうした人々を前に彼女は“許さない”と言い放ち、“How dare you!”、つまり“よくもそんなことが言えますね!”という強い言葉を4回も使いました。これにはアメリカでも“ひいて”しまった人は少なくないはずです」
(中略)
とはいえ、ジャーナリストの徳岡孝夫氏が言うには、
「欧米のメディアが彼女の攻撃的な発言を“たどたどしいけれど一生懸命に訴えている”と評価するのはまだ理解できます。ただ、日本のメディアが彼女を褒めるのは欧米の報道をマネしているだけ。日本人の感覚では、子どもが大人に対して命令口調を使うこと自体に違和感を覚える。彼女のような物言いでは日本の大人は反感を覚えることはあっても、説得されることはないでしょう。日本以上に年配者を敬うイスラム圏でも、彼女のスピーチは通用しないと思いますよ」
他方、評論家の唐沢俊一氏は次のように指摘する。
「汚れなき少女の思いが世界を変えるというのは、古くから続くファンタジー。オタク界隈では『風の谷のナウシカ』になぞらえて“ナウシカ現象”と呼びます。実際、自然を愛する勇気ある乙女という点で、グレタさんとナウシカは重なる部分がある。ただし、大人を怒鳴りつけるグレタさんのイメージは、これまでのか弱く純粋な少女像には当てはまりません。マララさんがパキスタンの太陽だとすると、さしずめ彼女はスウェーデンから吹きつける北風です」
唐沢氏もグレタさんが口にする大人たちへの憎悪を疑問視する。
「温暖化問題を巡っては、世代間の対立よりも、先進国と新興国の対立の方が根深い。いち早く産業革命を成し遂げて豊かな暮らしを享受する先進国に対して、新興国はいまだ発展の途上にあります。そんな国々に自然を破壊するな、化石燃料を使うなと説いても納得するはずがない。新興国で貧困にあえぐ子どもたちの未来は一体どうなるのでしょうか」
(以下、略)


唐沢俊一が言う「ナウシカ現象」なる造語がオタク界隈で流行っているのかどうかは疑問ですが、グレタ・トゥーンベリが温暖化問題のシンボルになっているのは確かです
ただし、純粋無垢な少女が温暖化問題について警鐘を鳴らす、というやり方ではなく上述のように正面から喧嘩をふっかけているのですから、余計に始末が悪いと感じます
ただし、一部の先鋭的な環境原理主義者とメディアを煽るだけで、多くの人は彼女の言動を冷めた目で見ているのではないでしょうか?
劇場版「風の谷のナウシカ」で、ナウシカはラストシーンで蒼き衣をまとって大地に降り立つ救世主のようになってしまいますが、漫画版「ナウシカ」では違います
むしろ、漫画版では救世主にも王にも、神にもなろうとしないナウシカが描かれているのです
なので、グレタ・トゥーンベリをナウシカに例えるのはとても奇妙な話です
たまたま偶然なのか、昨年9月に同じような記事が公開されています

「グレタ」と「ナウシカ」そして「ジャンヌ・ダルク」――人類の危機に現れる異能の少女
(前略)
それにしても、16歳前後の異能の少女は『魔女の宅急便』『新世紀エヴァンゲリオン』『時をかける少女』『君の名は』など、人気アニメの主人公に欠くべからざる存在だ。この少女から大人の女へと変わる微妙な時期は、男性にとってすでに神秘であるのかもしれない。こうしたアニメーションの人気は、むしろ実写ではないことによるファンタジー性によるのであり、それが舞台設定や主人公の能力の異次元性につながるのだろう。
「森」「風」「異能の少女」は、スタジオ・ジブリの3大象徴ともいうべき要素だが、その作品が世界的な支持を得たのは、多くの人が地球の生命の危機を感じ、そういった象徴に希望を見出そうとしているからではないか。
(以下、略)

世界中の人がアニメオタクであるなら、16歳の少女に地球の命運を託す展開はあり得るのでしょう。しかし、幸いなことに世界中の大部分の人はアニメオタクではないのであり、16歳の小娘に地球の命運を託すような愚かな真似はしないわけで…
つまり、そういう話です
グレタ・トゥーンベリは魔法少女ではありませんし、どう頑張ってもナウシカにはなれません。なる必要もないでしょう
20年後、テレビ番組の「あの人は今」特集で、すっかりやさぐれてしまったグレタさんを観る機会が巡ってくるのでは?

(関連記事)
「宮崎駿にキメハラ」という記事
https://05448081.at.webry.info/202011/article_21.html
「風の谷のナウシカ」 深淵と虚無を超えて
「風の谷のナウシカ」 王道と倫理
https://05448081.at.webry.info/202010/article_33.html
宮崎駿インタビュー 教祖にしたがるメディア
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赤坂憲男「ナウシカ考」を読む その2
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「千と千尋の神隠し」を考える こどもの居場所

ヒステリックブルーのナオキ 強制わいせつでまた逮捕

2004年、ヒステリックブルーのギタリストだった赤松直樹が強姦容疑で逮捕され、有罪判決を受けて服役する事件がありました
ヒステリックブルーはメンバー間の対立、方向性の違いなどで活動も停滞し、人気も下降状態でしたが、ファンにとって赤松直樹の逮捕は十分に衝撃だったのでしょう
赤松直樹は東京都内で、帰宅する若い女性を狙い、後をつけてマンションに押し入り強姦する手口で犯行を重ね、裁判では9人の被害が認定されています。初犯であるにも関わらず、判決は懲役12年の実刑判決であり、山形刑務所に服役しています
2016年に山形刑務所を出所し、それから4年で再犯に至ったわけです


埼玉県警朝霞署は23日、1990年代後半〜2000年代初頭に活躍した人気ロックバンド「ヒステリックブルー」(解散)の元ギタリスト、二階堂直樹容疑者(41)=甲府市=を強制わいせつ致傷容疑で逮捕した。
逮捕容疑は7月6日午前2時10分ごろ、埼玉県朝霞市の路上で、わいせつな行為をしようとして帰宅途中の20代女性を押し倒し、右肘に1週間の軽傷を負わせたとしている。女性が声を上げたため逃走した。
ヒステリックブルーは男女3人組で、「春〜spring〜」などが大ヒット。99年のNHK紅白歌合戦にも出場したが、04年に二階堂容疑者が性的暴行などの容疑で警視庁に逮捕された後に解散した。
二階堂容疑者は06年に懲役12年の実刑判決が確定。服役中の16年、刑務所内で性犯罪の再犯防止プログラムを受けているとの手記を雑誌で公表していた。
(毎日新聞の記事から引用)


山形刑務所を出た後は姓を赤松から二階堂に変えていたようですが、性犯罪者としての根幹は変えようがなかったのでしょうか?
被害者女性に怪我をさせていますので、今回も実刑判決が下される可能性大です
刑務所内の再犯防止プログラムですが、これを役に立たないと批判する方々にもどのような内容であるか、知っていただきたいと思います
基本的には行動療法の考えに立ち、行動の変容を求める教育プログラムであり、刑務所では性犯罪の再犯可能性の高い受刑者を選んで8カ月もの長期に渡って実施しています(別の、短期間の性犯罪再犯予防のプログラムもあるようです)
受刑者は10名以下の少人数で、これに2名の男女スタッフ(カウンセラー、臨床心理士)が加わります。週に2回のペースで合計64回のセッションが行われます(1回のセッションは100分が目安)
セッションでは参加者が犯罪自慢にならないよう、「真剣に話す」、「真剣に話を聞く」、「参加者のひみつを守る」という3つの約束を守るよう求められます
1人1人の参加メンバーの体験を語り、それに対して他の参加者が援助(助言)を与え、互いに再犯を防ぐための共助の場にしようという取り組みです
ただ、上記のようにグループでのセッションが中心で、個別のカウンセリングは実施しません。性依存について、個別に掘り下げ問題点を探るような取り組みを実現するかどうか、課題があります
個人的には精神分析療法の導入を勧めたいところですが、自身の性依存を問題視し、原因を探り当てようとする明確な意思があって精神分析療法は効果を発揮するのであり、仮釈放を得たいがために治療プログラムを受けて更生意欲をアピールしようと企む受刑者には効果が期待できません
なので、個別に働きかける精神療法の導入は難しい、というのが実際です

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